第23話 最高のヴァイオリンを手にすれば

 イツキは自分が作り上げたヴァイオリンを眺めた。


(これは間違いなく、現時点で作ることができる最高のものだろう)


 そんな自信がある。


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名工のヴァイオリン(???)

特殊効果:なし

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腕利きの職人が丹精込めて作った逸品。

どれほどの名品かは鳴らさなくても伝わってくる。

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 リッツーも感嘆の声を上げる。


「ひゃー、すごい完成度だね! 1年目とは思えないよ」


 これならば、リティアにふさわしい楽器なのではないか。イツキはテストの採点待ちをする学生のような気分でリティアがやってくるのを待つ。


「お待たせー」


 リティアが作業場にやってきた。イツキから手応えを聞いていたリティアの表情は明るい。


「この子が、イツキの自慢の逸品?」


「はい」


「楽しみだなあ!」


 防音室に移動して、テストが始まった。


「それじゃ、始めるね」


 リティアの奏でる旋律が部屋に広がっていく。


 それは美しい、耳を幸せにす――

 違和感はすぐに現れた。イツキの胸がキリキリと締めあげられる。


(……そ、そんなはずは……これじゃない!)


 イツキの気分は一気に地獄へと落ちた。

 残念ながら、ヴァイオリンから伝わってくる音色はイツキが作成時に想像したような芳醇さを完全に失っていた。

 隣に立つリッツーも、腕を組んで渋い表情を浮かべている。

 それ以上に辛そうなのがリティアだった。音を奏でるたびに、その表情は痛みに歪んでいく。

 演奏者にそんな顔をさせてしまうことが、生産者として――友人としてイツキには悲しかった。


 ほどなくして演奏が終わった。

 しん、と静まり返る防音室。


 リティアは口を真一文字に引き締め、楽器を持つては力なくだらりとしていた。

 ――敗北。

 イツキは重苦しい空気を押しのけるように口を開いた。


「申し訳ありません……、今回は自信があったんですが……」


 絶対の自信は完全に打ち砕かれた。

 正直なところ、もう本当にこれ以上の楽器を作ることはできない。解決策がイツキには思い当たらなかった。

 依頼者の期待に応えることができなかった。

 どんな罵倒も受け入れようとイツキは覚悟する。


 リティアは少しの沈黙の後、満面の笑みをイツキに向けた。


「ありがとう、こんなにも素晴らしい楽器を作ってくれて」


「……え?」


「弾いているだけでわかるよ。この楽器は私が今まで扱ったものでも、間違いなく最高の品質のものだっていうのがね」


 丁寧な仕草で、リティアは楽器を撫でる。


「それほどのものを使っても、結局、自分は自分の殻を破れない。遠いと思った限界は幻で、ここがわたしの終わりなのかもしれない」


「いいえ、諦めないでください! また他の楽器で試せば――!」


 リティアは首を振った。


「演奏者の力を引き出すのが楽器の器量なら、楽器の力を引き出すのも演奏者の器量なんだよ――いつまでも、楽器のせいにしていちゃいけない」


 そう言ってリティアは覚悟を決めた目を向ける。


「これだけいいものをもらったんだからさ、この楽器を使いこなすのが、わたしのやるべきこと!」


 そして、こう続けた。


「だからさ、依頼達成で大丈夫だよ」


 リティアが気を使っているわけではないことに、イツキは気づいていた。

 リティアの目はとても真剣で、これ以上の楽器はないと心底から信じている様子だった。だから、この楽器で結果を出すのは当然と思っている。

 その覚悟に、イツキは物申すつもりはなかった。


「……わかりました」


 こうやって、イツキとリティアの契約は終わった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ほどなくして『ミューレ・若手ヴァイオリニスト・グランプリ』の予選が始まった。


「頑張るからさ。絶対に見に来てよ!」


 ずっと練習三昧で姿を見せなかったリティアにそう言われて、イツキは予選へと足を運んだ。

 もちろん、言われなくても行くつもりだったが。

 街中の若手ヴァイオリニストたちが栄光を掴もうと才能をぶつけ合う。たとえ予選であっても、彼らの情熱はイツキを楽しませた。

 彼らの才能はすごかったが――


「エントリーナンバー189番リティアさん」


 ステージに現れたリティアの演奏は、やはり飛び抜けていた。予選レベルだと、明らかに他を圧倒しているのは事実だ。

 たとえ――


(……楽器の音色は、やっぱり弱いか……)


 楽器というハンディキャップを背負っていたとしても。楽器の音色という側面ではリティアに特段の進歩はなかった。

 やがて、予選が終わった。

 順に決勝進出者の名前が呼ばれていく。


「エントリーナンバー189番! リティアさん、決勝進出おめでとうございます!」


 会場全体から拍手に、ステージ上にいるリティアが両手を上げて応えている。


(……よかった……)


 とても自分の楽器がサポートしたとは言えない状況だったが、リティアが最低限のノルマを達成できたことにイツキはほっとした。

 聴衆たちが帰っていく。その流れとは別の方角へとイツキは歩いていく。

 人気の少ない会場の一角でしばらく待っていると、リティアと中年の女性が歩いてくる。

 終わったら、ここで待っているようにリティアに言われたのだ。


「おめでとうございます。リティアさん」


「見に来てくれてありがとうね。イツキ」


 そして隣に立つ女性に手を差し向けた。


「この人、わたしのお母さん」


「娘が世話になっております。話はよくリティアから聞いております。素晴らしい楽器を作っていただいてありがとうございます」


 にこやかにリティアの母が応じる。

 そのとき、イツキは何か頭の中で情報と情報がリンクする感覚を味わった。


(……ん?)


 記憶の奥底から聞こえる声が、リティアの母親とは初対面ではないと告げてくる。


「……あの、前に会ったこと、ありますか?」


「え?」


 リティアの母は思い出そうとしたが、


「いえ、会ったことはないと思いますよ」


 首を振る母にリティアが同意する。


「ないでしょ。こんな美少女と出逢ったら忘れるはずがないもの」


 美少女かどうかはともかくとして、確かに自分は印象に残りやすいだろう、とイツキは考える。

 であれば、出会った事実はないのか?

 そんなことはないとイツキの無意識がささやく。イツキは腑に落ちなかった。やはり過去に面識があるような気がする。


 リティアたちと別れて会場を出た後も、歩きながら違和感の正体を考え続ける。

 考えて考えて考えて――


 その閃きはやってきた。


 ベッドに倒れて、意識が闇の底へと落ちる刹那、それは光明のように現れた。睡魔を押し退け、布団から身を起こす。


「シャイニング・デスティニー・オンラインだ!」


 イツキははっきりと映像を思い出した。

 ミューレの街角に立つ一人の女性を。彼女のグラフィックは、リティアの母にそっくりだった。


「あのお母さんからの依頼を受けたことがある!」


 そして、それは――

 ヴァイオリン弾きの娘のために、彼女に合う楽器を見つけてきてほしいという内容だった。

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