第24話 巨匠グレーリッツ
そこに記憶が辿り着いた瞬間、あっという間にイツキはゲームで見た内容を思い出した。
それは確か『演奏者の娘に贈り物』というタイトルのイベントだった。
母親の依頼は『ヴァイオリニストの娘が楽器選びに苦労している。娘に合うヴァイオリンを手に入れてきてほしい』という内容だ。
最初は初級者用のヴァイオリンを頼まれるのだが、もちろん、この程度で終わりにはならない。もう少しいいものを、と次を依頼されて、中級者用、上級者用とグレートアップしているが、やはり依頼者の娘は満足しない。
(……リティアがその娘なんだから当然か……)
最終的には、ミューレの巨匠と呼ばれる指揮者から受け取った『巨匠からもらったヴァイオリン』を渡すことで依頼を完結させることができる。
イツキはリティアの母を再び思い出す。間違いなく、シャイニング・デスティニー・オンラインの映像と符合している。
(そうか、あの女性はリティアのお母さんだったのか……)
またしても、シャイニング・デスティニー・オンラインと今の世界がリンクしたことに廃ゲーマーであるイツキは喜びを覚える。
つまり、ここにあのイベントの残り香があるとするのなら――
リティアが満足できる楽器もまた存在する、ということだ。
「いけるかもしれません……」
夜のベッドで、イツキは静かに心をたぎらせる。
だが、問題は巨匠と出会う方法だ。
ゲームでは依頼を進めていくと、やがて巨匠と出会うルートが展開されるわけだが、今のところ、その様子はない。そして、のんびり待つことで、そこに至る保証もない。
(こっちから動くしかないか)
とはいえ、簡単なことではない。
なぜなら、その巨匠の名前はグレーリッツ。イツキがこの街に来て一番最初に演奏会を聴いた超大物の指揮者だ。
一介の生産職者であるイツキがひょこひょこ訪ねても、門前払いになるのは間違いない。
そう簡単には会えない人物だが――
イツキは無理だと思わなかった。
(持つべきものは人脈だ)
翌日、ルフェイン学堂を訪れたイツキは、一直線にオーナーであるロゼの執務室へと向かった。
ロゼはイツキに尋ねられるなり、答えた。
「グレーリッツに会うコネ? あるけど?」
さすがはミューレの大物に顔が利く敏腕オーナーだ。
イツキはすかさず説明した。
リティアの症状を相談してみたい。巨匠グレーリッツなら答えを知っているという噂を聞いた、と。まさかゲームの知識とは言えないので、その辺はうまくごまかすしかない。
イツキの曖昧な物言いに、ロゼは目を細めて考える。
やがて、こう言った。
「いいわ。本人がどう答えるかわからないけど、時間を取ってもらえるかどうか確認しておく」
「ありがとうございます。……確率は低そうですか?」
「大丈夫でしょ、あちらも、あなたに興味があるみたいだし」
「へ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2週間ほどが経ち、イツキはリティアとともに巨匠グレーリッツの邸宅を訪れた。
巨匠の家もまた、ロゼの家に勝るとも劣らない豪邸だった。
隣に立つリティアが、雨に濡れた犬のようにブルブル震えている。
「イツキ! ほほ、ほほ本当にわたし、この家に入っていいの!?」
「ロゼさんが予約してくれていますから、大丈夫ですよ」
などと平静を装ってはいるが、イツキもそれなりにビビっている。横のリティアがダメ人間化しているので気合を入れているが。
音楽鑑賞生活ですっかり音楽好きになったイツキにとっても憧れの人物なのは間違いない。
敏腕なロゼに失敗などあるはずもなく、用件を告げると2人は問題なく屋敷の奥へと通される。
案内してくれたメイドが、ドアをノックした。
「グレーリッツ様、ロゼ様から紹介されたお客様です」
「入れ」
ドアを開けると、そこは巨匠グレーリッツの執務室だった。
大きなデスクの向こう側にグレーリッツが座っている。銀色の髪と
(おおおおお、巨匠!?)
イツキのテンションは上がる。ミーハー魂がうずいて仕方がないが、ここは真剣な雰囲気を崩さず、実務的な雰囲気重視で進めようとイツキは決めた。
なぜなら、隣でリティアの緊張が限界突破しているからだ。これはもう本当に役に立たないのでは、とイツキは諦めた。
(こっちが頑張らないと……)
イツキは気を落ち着かせるように息を吐き、口火を切った。
「初めまして。私はロゼさんの店で働かいているイツキと申します。そして、こちらがヴァイオリン演奏家のリティアさんです」
「はははは、はりめまちて!」
噛んだ。
明らかに噛んだが、ツッコミ入れる空気でもないので、イツキは淡々と話を進める。
「見知らぬ人間の来訪などご迷惑とは思いますが、本日はよろしくお願いいたします」
イツキが深く頭を下げると、リティアがギクシャクした動きでならう。
ふむ、とグレーリッツは小さく頷いた。
「ロゼからの頼みだ。
そして、グレーリッツはこう付け加えた。
「それに、君たちのことは知らないわけでもない」
「そうなんですか?」
「クロイツェルシリーズは私も顧客の1人だ」
ロゼがイツキをこき使いつつ売り出しているハイエンドブランドの名前をグレーリッツが口にする。
「君は素晴らしい職人だとロゼから聞いているよ」
「光栄です」
帰りにサインの1枚でもねだったらくれるかな、とイツキは思った。
「それとリティア、君の演奏もよく噂には聞いている。業界の中では有名だよ。君は」
「楽器の、扱いが、ままならない、的な感じ……ですか?」
恐る恐る尋ねるリティアの言葉にグレーリッツが軽く笑う。
「……それさえ克服すれば、という惜しむ声だよ。みんな、君のことは高く評価している」
「お、おお、おそれいります!」
ロボットっぽい硬い動きでリティアが頭を下げる。
(……ある程度、リティアのことがわかっているのなら、話は早い)
イツキはリティアの症状と、これまでやってきたことを説明した。
話を聞き終わった後、グレーリッツはこう言った。
「少し演奏してもらえないか?」
リティアは持ってきていた、イツキ作成のヴァイオリンで演奏を始める。
凄まじいまでの緊張だったので、イツキは大丈夫だろうかと心配していたが、演奏が始まった瞬間、リティアの表情も雰囲気も一変する。
それは特になんの変哲もない、いつも通りの『リティアの音色』だった。
演奏が終わると、グレーリッツはリティアからバイオリンを受け取る。
「昔取った杵柄で恐縮だが」
などと謙遜しているが、グレーリッツの腕前は明らかに一流のそれだった。
そして、その演奏から聞こえてくる音の鮮やかさは――
リティアが目をぎゅっと閉じて、口を引き締める。その手は強く握りしめられていた。
グレーリッツが演奏を終える。
「ふむ、素晴らしいヴァイオリンだ。同じ楽器にも関わらず、君と私、奏でる音色は大きく異なるな」
「……はい」
悔しそうな表情のリティアにグレーリッツは続ける。
「……実はね、君の症状を改善する方法に心当たりがあるんだ」
「え?」
「似た症状を持つ女流演奏家が、大昔にいたんだよ」
そう言って、グレーリッツは部屋の隅にあったヴァイオリンケースを執務机の上に置く。
開けると、そこには古びたヴァイオリンがあった。
「その女性が使っていたヴァイオリンだ。かなり痛んでいるので扱いには注意して欲しい」
そして、グレーリッツはこう続けた。
「試しに演奏してみないか?」
リティアは半信半疑の様子でヴァイオリンを受け取る。
演奏すると――
まるで世界に色がつくような、そんな輝きに満ちた音色が部屋に広がった。それは明らかに今までリティアが発していた音色とは質の違うものだ。
リティアとイツキが求めていた音色。
「これは……!?」
リティアは手を止め、古びたヴァイオリンをじっと凝視した。
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