第36話 お姉ちゃんをくっつけよう作戦
造船が始まって2年が過ぎた。
砂浜には作りかけの50メートル近くもある大きな船が置いてある。いまだ建造中だが、その完成度は8割くらいだろうか。
船を囲むように足場が組み立てられていて、10人を超える船大工たちが作業している。
この造船作業のために、新しく雇い入れた職人たちだ。
結局、イツキは全体の監督と品質管理、最終仕上げだけを担当することにした。
生産職カンストのイツキが一人で作業したほうが実は圧倒的に速いのだが――
(……自分で片付けると、ずっと自分でやらないとダメになるしなあ……)
イツキはいずれこの街を去る。
そのときに、自分たちだけで造船できるようになっていてもらわないと困るのだ。
そんなわけで、イツキは時間をかけてでも職人たちを育てることにした。
腕に自信のある、跳ね返った職人もいたが――
「何か、不満がありますか?」
「……い、いや、問題ない……」
イツキの手捌きを見た瞬間に屈服した。技量がヒエラルキーの世界なので、イツキに勝てる人間などいない。
口は悪いが、なんだかんだで面倒見のいいチップは仕切りもうまく、今はチームとしてまとまっている。
(この調子なら、2隻目の立ち上がりだけサポートすれば、あとはうまく回ってくれるかな)
そんなことを思う。
そこにたどり着くには1隻目を成功させなければならないのだが。
視界の端で、チップとジンクスが立ち話をしているのが見えた。
技術的な取り仕切りはイツキだが、立場上はチップがトップに立っている。そのためか、発注者であるジンクスはチップとよく話していた。
最初はそれくらいの認識で眺めていたが、さすがに2年もの間、一緒にいると得られる情報も増えてくる。
(……あの二人、むちゃくちゃ仲がいいな……)
同性であれば、親友であるくらいには。
だが、異性となると、他の可能性も出てくる。
背後から、小声がボソッと聞こえてきた。
「……お姉ちゃんとジンクスさん、どう思う?」
「うわっ!?」
振り返るとノルが立っていた。
「どう思う、イツキさん!」
「え、ええ……? そ、そうですね……仲がいいなって思います」
「うん、私もそう思う。でも、別に付き合っているとかそういうのじゃないんだよね」
「そうなんですか?」
「なんというのかな……幼馴染として気が合い過ぎて、お互いにそういう関係を考えられなくなっている、みたいな」
「ああ」
イツキは前世のラブコメ的なものを思い出した。そんな感じの設定を読んだ記憶がある。
そこで、ずいっとノルがイツキに詰め寄った。
「よくないと思うの!」
「は、はい?」
「恋人になるべき二人が、そんな思い込みで足踏みしちゃうなんて!」
鼻息荒くノルが断言した。
そんな二人をくっつけようとする第三者が出てくる展開もラブコメで見たなあ、とイツキは思った。
「お姉ちゃんは、ああいう性格なんで、女性を感じさせないのがよくないんじゃないかと」
「なるほど」
「なので、女性らしさをアピールすべきだと思うの! どうかな、イツキさん!?」
「ま、まあ、そ、そうかもしれませんね?」
正直なところ、どう答えればいいのかわからなかったので、イツキは適当に答えることにした。
ノルはイツキの同意が得られたことで、いつもよりも表情を明るくさせた。
「実はね、作戦があるの!」
「作戦」
「そのときがきたら、ぜひ協力をお願い!」
「わ、わかり、ました……」
イツキはしどろもどろになりながら応じた。
ノルの作戦はなんだかわからないが、とりあえず、人の幸せに協力できるのなら悪くはないと思って。
あと、いつもおどおどしているノルの、いつにない迫力に押されて。
満足したのか、ノルは嬉しそうな表情を浮かべて造船作業へと戻っていった。
「……何をするんでしょうね……?」
ラブコメだと、だいたい余計なお節介になる展開なのだが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから2週間後、イツキ、チップ、ノルの3人は、ジンクスのプライベートボートに乗って、沖合に出ていた。
「もうすぐ船も完成だ。息抜きに遊びに行こう!」
とだいぶ前からジンクスが提案していたからだ。
別に何かをするわけでもなく、ボートでのんびりと過ごすだけなのだが。
さすがに海好きだけあって、ジンクスの操船技術はなかなかのものだった。自由自在に船を操り、海を進んでいく。
「お上手ですね、ジンクスさん?」
「はっはー、だろ? 操船技術には自信があるんだ。つーか、こんなので苦労しているようじゃ先が思いやられるね。なんたって、次は、あの巨大船を乗りこなすわけだから!」
海の風を浴びながら、機嫌よさそうにジンクスが笑う。
東の大陸を目指す船――サンタ・マリア号の船長はジンクス本人が名乗りを上げた。誰もしたことがない外洋への航海。そんな危険にも怯む様子はなかった。
超大型の船だ。ジンクス一人で操船できるはずもない。船の完成に合わせて、ライゼン商会と協力して船員たちを探しているらしい。
やがて、船が洋上で止まった。
リキララの砂浜は遠くに、うっすらと見えるくらい離れている。
「さーて、今日はここでのんびりするかな」
ジンクスはうーんと両腕を伸ばした。
ジンクスの服装は、膝丈のハーフパンツだけを履いていて、上半身は何も着ていなかった。貴族とは思えない、海の男にふさわしい鍛えられた肉体が剥き出しになっている。
一方、イツキたち女性陣は、丈や柄の違いこそあるが、薄手の上下を身にまとっている。
そこでノルが手を上げた。
「あ、あの! お姉ちゃん、イツキさん! ちょっと、キャビンへ!」
その口調には焦りと緊迫感があった。
何かを仕掛ける――
そんな覚悟が。
(……ひょっとして、作戦ってやつ?)
いぶかしむチップを強引に引っ張り、ノルはボートの中程にあるキャビンへと移動した。
「なんだよ、ノル。急にどうしたんだ?」
そんなことを問うチップに、ノルがドアを閉めながら返事をした。
「その、き、今日は、提案があって!」
「……提案? なんだよ?」
ノルの表情は緊張なのかなんなのか、真っ赤になっている。そして、無理やり押し出すように続けた。
「今日はさ、みんな水着で過ごそう!」
「……は?」
「……へ?」
チップとイツキが間抜けな声をこぼす。
瞬間、イツキは作戦の全容を理解した。
――お姉ちゃんは、ああいう性格なんで、女性を感じさせないのがよくないんじゃないかと!
(なので、水着姿になって女性として意識してもらおう作戦!)
安直!
実に、安直!
イツキはそう思ったが、笑い飛ばす気にはなれなかった。ノルなりに、姉の幸せを考えてのことだろう。
それに、うまくいくかもしれない。
そこまで思ったとき、イツキはふと気がついた。
――みんな水着で過ごそう!
水着。
イツキは一着だけ水着を持っている。
その水着は――
イツキの顔が真っ青になった。
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