第13話 レベル999生産職は旅立つ

 イツキがこちらの世界に来てから1年が過ぎた。


「よ、名工! 直してくれた装備、調子いいよ。ありがとな!」


「そう言っていただけて、嬉しいです」


 顔見知りも増えた。今では、街を歩いているだけで話しかけられることも増えた。

 話しかけてきた冒険者風の男と軽く話をする。

 別れを告げる男に、


「調子が悪くなったら、いつでもご指名――」


 ください、とお決まりの言葉で締めようとしたが、イツキは首を振った。


「いつでも、リッキー・リペアショップにお持ちください」


「ああ、また行くよ!」


 イツキの言い直しは特に気にせず男の冒険者は去っていった。

 イツキはリッキー・リペアショップへと向かう。

 来ていた依頼ぶんをこなした後、イツキはリクに考えていたことを伝えた。


「あの、リクさん」


「何?」


 修繕をしていたリクが手を止めてイツキを見る。

 イツキはリクの目を見つめて言った。


「そろそろ、辞めようかと思いまして」


 リクは少しばかり驚いたようだが、妙に納得した表情で、うん、とうなずいた。


「そうかい。もともとの約束だからね。もちろん、止めはしない。だけどさ、どうしてそう決めたのかは教えてもらってもいいかな?」


「嫌になったとかではないのですが……そろそろ他の街に行きたいと思いまして」


 ずいぶんと居心地が良かったから、なんとなく居着いてしまった。この辺でお暇しなければ、ずるずると長く暮らしてしまうかもしれない。

 急ぐ旅はなく――のんびりと世界を楽しむつもりではあるけど、のんびりしすぎるのも違う。

 やはり、今はまだ新しい刺激を求めて旅をしたい。


「そっか。あなたらしいね。次に行く街は決めているのかい?」


「うーん」


 実はあんまり決めていなかったが――

「音楽の街ミューレは……ありますか?」


「ありますか? 変な質問だね」


 ゲームの知識で名前を知っていただけだったので、そんな言い方になってしまった。


「あるよ。有名だね」


「そこを目指してみようかなと」


「わかった、楽しんでおいでよ。で、また寂しくなったら、この街においで。歓迎するよ」


「はい、ありがとうございます」


「少しだけ、見てもらっていい?」


「なんでしょう?」


 リクが修繕していた盾をテーブルに置いた。

 工具を使って、きっちり正確に直していく。そこにイツキのような速度はなかったが、アイテムに対する思いやりのこもった丁寧な手技だった。


「ここをさ、こうやって、こう――」


 リクがイツキに目を向ける。


「これはあんたがやっているのを盗んだんだけど。うまくできてる?」


 イツキは1年前の言葉を思い出した。

 ――技術は教えてもらうんじゃなくて、盗み取るってのは職人の常識だから。勝手に学ばせてもらうよ!

 もちろん、イツキは気がついていた。リクが少しずつイツキの技術を習得していたことを。

 いつもなら「はい、問題ありません」と返すところだが、リクの向上心を刺激しようと別の言葉を口にした。


「悪くはありません。でも、まだまだですね」


「わかってる。頑張るよ」


 にこりとリクが笑った。


「あんたには感謝しているよ。正直なところ、マンネリな日々だったんだ。だけど、あんたみたいなのが現れてくれたからさ、職人魂に火がついた。まだまだ腕を磨いておくから、必ず戻っておいでよ?」


「楽しみにしています」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 リクとの会話が終わった後、イツキはウォルたちが泊まる宿へと向かった。

 下町のボロ宿『夜明けの鶏』亭ではない。駆け出しを脱した彼らはもう少しマシな宿に移動していた。もう横たわるだけでギシギシするベッドで寝てはいない。

 話があるので時間が欲しいと言っておいたので、3人はイツキを待っていた。

 開口一番、イツキは告げた。


「この街を出ていくことにしました」


「な、な、なあああああ!?」


 ウォルが大声を上げる。


「マジでか!?」


「はい。そろそろかなと思いまして。皆さんにはよくしてもらいましたから、お伝えしておこうと」


 この1年間、よく一緒に街を歩き、よく一緒に食べた。

 異世界で初めて知り合ったのが彼らで本当によかった。善良な彼らの案内がなければ、きっと適応するまで大変な苦労があっただろう。

 リクやウォルたちとの別れは辛いが――


(それでもやはり、今は前に進もう)


 そう思うイツキだった。


「寂しくなるなあ……」


 心底からの感情を吐き出すようなウォルの声だった。

 だが、すぐにウォルが真逆の声を出した。


「閃いた! それじゃあさ、俺たちも出るか、この街を!」



「悪くない考えかも!」


 ウォルの威勢のいい言葉にマリスが賛同する。

 そこにシフが言葉をかぶせた。


「……いや、今はまだ、だろ? うちらはやっと少し浮かんだくらいだ。今はここの街で力を蓄えるときだよ。新しいところで勝負するときじゃない」



「ま、そうかー、そうだよなー……」


 ウォルは大きくため息を吐く。


「ま、いつかは俺たちも旅立つ――また、いつか会おう」


「はい」


 うなずいた後、イツキはインベントリから3つのアイテムを取り出した。

 ブロードソード、ダガー、金属製の魔法の杖。


「……これは?」


 ウォルの質問にイツキが答えた。


「今までお世話になったので、ささやかなプレゼントです。受け取ってください」


 感謝の気持ちを込めて、イツキがそう言った。

 街を出ると決めた後、近くの鍛冶工房に炉を貸してもらって作ったのだ。名工イツキの名前は街でも広まっているので、なんの支障もなく許可が出た。

 どれも、イツキが作った武器で――

 最上大業物の逸品だ。

 鍛冶工房の職人たちが、見た瞬間に息を呑んでいたほどの代物。市場の鉱物だけで作るのなら、これ以上のものは存在しない。


「俺たちに、これを……?」


「はい。大切に使ってくださいね?」


 3人が、3人ともそれぞれの武器を手に取り、眺める。

 見惚れたような、忘我の表情を作ってから、3人同時にイツキを見た。


「「「ありがとう、イツキ!」」」


 その言葉を聞いて、イツキは、この街での最後の仕事が終わったことを確信した。

 果たすべき義理は果たした。

 ウォルが声を上げる。


「よーし、今日はイツキの送別会だ! 派手に飲むぞ!」


「おー!」


「大丈夫だよね、イツキ?」


 シフの言葉にイツキはうなずいた。


「ええ、もちろんです」


 その晩、イツキはウォルたち3人と楽しい時間を過ごした。

 酔っ払った顔のウォルが酒場で豪語する。


「いいか、イツキ。俺はいつか竜殺しになるからな!? 竜殺しのウォルの噂を聞いたら、すぐに会いにきてくれよ!」


「酔っ払いの戯言だから、聞き流して」


 ウォルの言葉をシフが払い除ける。

 イツキは小さく笑って応じた。


「楽しみにしていますね」


 朝ごろに解散になり、イツキは宿に戻った。

 昼ごろまで眠った後、部屋に散らばっていた荷物をインベントリに放り込んでいく。空っぽになった部屋を眺めてから、イツキは1階へと降りた。

 カウンターにいる看板娘にチェックアウトを告げた。


「イツキさん、他の宿に移っちゃうんですか!? サービスに不満でも!?」


「いえいえ。そういうのじゃなくて、旅に出るんです」


「そうなんですか。寂しくなりますねえ……」


 心の底からそう思ってくれているような顔だった。


(そうか、まだやり残した義理があったか)


 そう思ったイツキは、インベントリから木で作ったウサギの置物を取り出した。この世界に来て、最初にイツキが作ったアイテムだ。


「長い間、お世話になりました。わたしが作ったものなんですが、これを差し上げますよ」


「あ、すごい。かわいい! 大切にしますね!」


 宿の娘に別れを告げて、イツキは街に出た。

 目指す場所は――

 音楽の街ミューレ。


「じゃ、行きますか」


 多くの人たちの心に面影を残し、不老の少女は旅に出た。


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