第20話 死のはじまり

年が明けて4日が経つ。こしらえすぎたお節と雑煮もようやく食べきり、今宵は久しぶりにイタリアンバルで夕食を取ろうと考えていた。

「いつまでも茶色い料理じゃ飽きちゃうね。ねえ晋之介」

茶色いドッグフードを食べている晋之介が恨めしそうにわたしを見た。「あっ、晋之介の食べ物のことを言っている訳じゃないんだよ。わたしのさ、こしらえる和食って茶色いじゃない。そういう意味で言ったんだからね。晋之介は犬なんだから、いつも同じご飯を食べてればいいんだよ」

そうは言っても、晋之介のご飯は徐々に豪華になっている。食物アレルギーで獣肉、大豆、小麦粉等々が食べられないのを不憫に思い、週に1度、野菜を煮詰めてお出汁を取り、冷凍。獣医師推薦のヴィーガンフードの上に日替わり温野菜を乗せ、冷凍しておいたお出汁を掛けて提供しているのだ。その際も、晋之介の苦手な葉野菜は出汁にだけ使い、好物の人参や大根をシャキシャキ触感を残し調理する。割と手間なのだが、もう普通のドッグフードには見向きもしない。

「そういえばさ、晋之介と春人の好みって似てるね」

餌を食べ終えた晋之介が、水を飲んでいる。

「春人も葉野菜が不得意で、根菜を好んだな」

なので、うちの鍋料理に白菜が登場しなかったことを想い出した。


暫くすると、緊急事態宣言が発出される予兆があった。この疫病が流行る中、飲食店への風当たりが強く、売り上げが下がっているので、階下の飲食店3軒は、正月も休みなく営業を続けている。最近、知ったことなのだが、わたしが住むこのマンションの建物下の3軒、全て同じオーナーが経営しているらしい。出会ったことはないが、20代後半の若手社長だという。

「世の中には、凄い人が多くいるもんだ」

東京で暮らしていると、そういった類の成功者と出会うことは少なくない。才能がある人間が東京にいるのか、才能を開花させるために東京に出て来た人たちなのかは良くわからないが、青山辺りに住んでいる人は、東京在住二世、三世も多くいる。金持ちの連鎖。

「悪くない」

わたしは人を羨ましいと思ったことがない。自分がかなり特殊な人生を歩んでいるからだろうか、いつも他人を俯瞰して見ている。ただ、リッチな生活ぶりをSNSにアップする人たちがいると聞くが、そこは全く理解ができない。

「自慢したら嫌われる。本人は自慢のつもりじゃないのかも知れないけど。そこら辺って、生きている中で難しいよねえ、晋之介」

わたしはこの店いちばんのおすすめ料理である牛のカルパッチョをつまんでいた。ふとテーブルの上のスマホを見ると、メールの着信が入っていた。

「だれだろう?」

スマホを手にし、メールを開くと智美からだった。厳密にいうと、智美の両親からだ。

内容は、簡素なものだった。

ただわかったのは、智美が死んだらしい、ということ。

智美の死の一報を聞いたわたしは、すぐに弔電を送り、後日、香典も送った。式は函館で行われた。参列者の中には知り合いや、遠い親戚などもいるかも知れない。直前まで迷ったが、晋之介のこともあるので、参列は諦めた。

「智美はなぜ突然ひとりで東京に来て、そして死んでしまったのだろう」

智美は青梅街道沿いにある、割と高級なスーパーマーケットの駐車場で意識不明の状態で倒れているのを発見された。2か月近く病院で治療を受け、一時は自分の名前や住所が言えるまで回復したが、先日、屋上から飛び降り自殺をしたという。一体、智美に何があったというのか。

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