第39話 死人と生霊

たかが占い、されど占い。悪い答えが出たのなら、占いなんて当たらないと見切りをつければいい。もし良い答えを得たら、このお婆さんは「良く当たる占い師」ということになるのだ。それだけの事だ。

角を曲がり、少し行くと、大きな敷地にポツンとある木造平屋建ての病院があり、その隅に小さな占い小屋が、提灯の灯りに彩られて建っていた。

「また足踏みしておる」

お婆さんは振り返り、おいで、おいでと手招きした。

「足踏みなんて」

「なら早くおいでよ。あたしはお前を喰ったりしないから」

そう言うと、お婆さんは両手の親指を立てて笑った。

円形状の部屋にテーブルがひとつ。天井からランタンが吊らされており、外観の壊れかけた掘立小屋のイメージから想像していたのもとは違い、どちらかと言うとキャンプのテントの中にいる様だった。

「座れ」

お婆さんは椅子を指さしてそう言った。わたしは頷き、椅子を引いて、軽く腰かけた。

「背もたれを使ってもいいよ。と言ってもお前は使わんよね」

お婆さんはテーブルに両肘を置き、わたしの顔をまじまじと見た。ランタンの灯りが映し出す、お婆さんの大きな影が、とても怖かったのを覚えている。

「どうしよう」

「どうしようって。帰ろうと思っておるのかな」

わたしは直ぐに後悔をした。春人の姿が見えなくなった不安を埋める為にここに来たのだが、このお婆さんと対峙する度胸がない。トートバッグを胸の中にギュッと抱え込み、俯くしか出来なかった。

「可笑しな子じゃ。優柔不断も大概にしないと、あの男にも見捨てられる」

「あの男」

「ほうじゃ。さっきお前の後ろに憑いていた死人じゃ」

「死人、彼は」

わたしは喉を抑え、声を絞り出した。

「死人ではありません。死んでしまいましたが、わたしの夫なのです」

「ほうほう、やはりそうじゃったか」

お婆さんはどこから取り出したのか、煙草を口に銜え、マッチで火をつけた。

「しかし気になったのが、その男の後ろにもう一体の死人がおり、その後ろに生霊が一体。お前の周りはさぞ賑やかよの」

「後ろに幽霊が」

わたしは恐ろしくなり、後ろを見て、そして身体を縮めた。

「そんなに怖がることはあるまい。それらの死人と生霊は、お前に関係する人物じゃったのだ。お前を怨んでおる」

「わたしを怨んで……」

「そうじゃ、お前の夫の後ろにいる女は、お前に相当の恨みを抱いておるな。その女からお前を守る為に、お前の夫は必至になっておった」

「そんな……春人」

「しかしいちばん恐ろしいのは生霊じゃ。そればかりはお前の夫も手だしが出来ない。そしてその生霊はお前の夫が生きている時から生霊と化し、お前の夫に纏わりついていた。死んでしまったいまは、お前に纏わりついておる」

「なんで?」

「わからんのか、鈍いのう。その女の生霊は、お前の夫に根深い恋をしているのだ」

「根深い恋?」

「深い、重い、強いとも言うが、わしはそれらを根深い恋と呼んでおる」

「春人と、夫となにか関係があったのですか、その女は」

「いいや、ただの片思いじゃな。一方的に好きになり、一方的に恨みを抱く」

「なのに恨みって、どうして。一体だれなのですか、その人たちは」

お婆さんは不適に微笑み、煙草の火を灰皿に押し当て消すと、煙をわたしの顔に吹きかけた。

「名前などはわからぬ。しかしのう、死人の方は最近、死んだのだと訴えておる」

そう、お婆さんは言った。最近死んだと聞いて、最初に思い浮かんだのは、由香里で、その後に智美を思い出していた。知り合いだというのなら、そのふたりのうちのひとり。しかし生霊まで。わたしは背筋を伸ばし顎を上げた。

「おお、やる気になったな」

「いえ、やる気なんて。ただもう逃げられないなと思っただけで」

これを宿命と言うのだろうか。春人の様なやさしい夫に恵まれ、心から安らげる生活を送っていたのに、夫は死に、その数年後には友人が次々と不審な死を遂げている。そしてわたしはその死にいつも関係していた。

彼女たちの死に、自分がどう関わっていたのか。そして春人はどこまでの事実を知り、わたしに伝えようとしていたのか。春人の死は本当に自殺だったのか。春人を介さず、受け止めなければならないのだ。

例えそれが、破滅を意味する内容だとしても。

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