第38話 加茂川心療内科の占い師

「加茂川心療内科、こんな病院あったっけ」

広い空き地だった場所にポツンと病院が建てられていた。わたしは興味本位でその敷地に入り、病院の前で立ち止まった。小さな病院は簡素な木造で、わたしが気になったのは、その病院の右側にひっそりと佇む占い小屋だ。

「こんなところに占い、なんで?」

晋之介を見ると、舌を出して荒い息遣いをしている。

「暑いね、帰ろうか?」

そう踵を返した時、小屋のカーテンが開いた。

「帰るのかい、おいでよ」

「ひゃっ!」

見ると、まるで童話に出て来る様な魔女の仮装をした老婆が手招きをしていた。

「あの、すみません勝手に。犬が暑いみたいなのできょうは帰ります」

「そうかい。残念だね」

一礼し、帰ろうとしたが、どうにも後ろ髪を引かれる。わたしは振り返り、彼女に営業時間と休日を聞いた。一旦、家には帰ったが、春人の姿はなく、晋之介の中にも春人を探す事は出来なかった。どうしようもない不安に支配されたわたしは、晋之介を自宅に残し、あの占い小屋へ向かった。時刻は午後7時。閉店時間は深夜と言っていた。老婆にしては随分と遅い時間までと思ったが、代わりに、開店は夕方日没だと言っていた。あのお婆さんに出会えたのも何かの縁ではないか。その時のわたしは、細い絆の糸を手繰り寄せるかの様に、何かに縋らずにはいられなかった。


街はすっかり夜に溶け込み、ネオンの数が増えていた。

「ここを右に曲がれば」

曲がり角でふと足を止めた。占い小屋のあるさっきの光景は幻だったのではないかと思いはじめたからだ。胸に抱えたトートバッグを無造作に下ろして、わたしは口元だけで笑っていた。

「何してんだい?」

突然背後から声を掛けられ、わたしは飛び上がりそうになった。振り返ったが誰もいない。

「ここだよ、いやだねえ」

見ると先程の占いお婆さんが、歩道の真ん中でしゃがんでこちらを見上げていた。明るい所で見るより、更に奇妙さを増していた。

「なっなにをなさっているのですか?」

再びトートバッグを胸に抱えたわたしは、自分もしゃがんでお婆さんを見た。メイクの効果なのか、お婆さんの大きすぎる目が、瞬きもしないでわたしを凝視した。視線に耐えきれず、わたしは膝を抱えて俯いた。

「そうやっていつもいじける」

「いじける?いじけてなんてないです」

お婆さんは立ち上がり、腰を拳で叩いた。

「さあ、こちらへおいでな。今夜は特別サービス、代金はいらないからさ」

「でも」

わたしは顔だけお婆さんに向けていた。

「でもなんじゃ。怖いのか」

お婆さんは手を後ろに組んでいた。

「真実を知るのが怖いのか?」

「真実、お婆さん、わたしのこと知ってるの?」

わたしは立ちあがった。お婆さんは背中を向けたままだった。

「変なことを言う子だね。占いに来る人はみんな、自分では知り得ない真実を教えて貰いたいんだろう。例えそれが得たいの知れない人物の言葉であってもさ。確証なんてなくてもさあ、都合よい言葉を他人から導き出したいのさ。お前も同じだろう」

「そっそれは」

「イジイジしてないでさ。そこがお前の駄目な所なんだよ。だから何処かで爆発しちゃうのさ」

「爆発?」

この一言がわたしを、占い小屋で向かわせる決め手となった。わたしは意を決し、お婆さんの後をついて行った。そしてこの行動が、現実へと向き合う「はじまり」である事は、その時のわたしは気づいていない。

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