第7話 安土城に到着

連休ということもあり、安土城は大変な賑わいだった。

わたしはやっとのことで車を停め、いざ登ろうと思った時、「犬の入山禁止」の立札が。

「なんで調べて来なかったのだろう」

血の気が引いて行くのを感じつつ、わたしはしゃがみ込んだ。晋之介とふたり、城跡を探索するのが、この旅のいちばんの目的だったからだ。

「どうする晋之介、どうしよう」

晋之介と、安土城の大手門をぼんやり眺めていた。

「とりあえず、そこら辺でもお散歩しようか」

気持ちを切り替え、わたしたちは、安土城の周りをふらふら散歩する事にした。歩いていると、この城の息吹を感じる。

「この城は生きている」

歴史好きの春人は大の信長ファンで、良く信長の話しを熱く語ってくれていた。いつか、安土城に行きたいね。そう話していたのに、わたしの仕事が忙しく、都合をつける事が出来なかった。今年を逃しても来年がある。来年行けなくても、再来年があると、春人がこの世からいなくなる事を予期しないで暮らしていた。当たり前のことなのに、なんて愚かなのだろうとも思う。

わたしは短期間で、家族を4人失くした経験がある。

「この世のしあわせが、いつまでも続くなんて幻想」

そう固く信じていたはずなのに、春人と出会い、結婚した途端、不幸な過去を忘れて有頂天になってしまっていた。どこまでも愚かしい。

「どうしたの晋之介」

わたしの変調に気づくと、晋之介は鼻を鳴らして反応してくれる。

「犬ってなんて献身的なのだろう」

晋之介の頭を撫でたところで、小さな橋を見つけた。

「百々橋っていうんだ」

聞いた事がある橋の名だ。風が背中を吹き抜け、後ろを振り返ると、狭い石段があった。

「これって、あれかな?」

春人が言っていた。安土城の天主が完成した年、この細い石段が崩れて、何人もの若武者が亡くなり、怪我人も多数出たのだと、そう教えてくれたっけ。

「それがこの石段か?」

近くまで行き、急こう配の石段を見上げた。晋之介も一緒に見上げている。

石段の天辺までは見えないが、木が鬱蒼としていて、薄暗い。

「当時の様子は、賑やかだったのかな?」

物憂げに見上げていると、背後から声を掛けられた。

「桜花」

外国製のコンパクトな自動車が百々橋に停車している。運転席から顔を出し、片手を大きく振っている人物がいた。

「紗耶香?」

一年ぶりに会う紗耶香(さやか)は、長い髪の毛を、とても短くカットしていたので直ぐにはわからなかった。

「どうしたの、きょう紗耶香の旅館に行くって言ったのに」

「待ち切れなくて、滋賀に来ちゃった」

紗耶香は車を道脇に停め、軽快に出て来た。

短パンから長い脚がすらりと伸び、大股で歩く姿はいつもの紗耶香だった。

「久しぶりだね~」

海外留学が長かったせいなのか、紗耶香はいつもそう言ってハグをする。

「元気だった?」

「うん」

わたしは懐かしさに涙が出て来た。紗耶香も笑いながら涙を拭き、晋之介に挨拶をしていた。

晋之介、この人が、オカの親友の紗耶香だよ

紗耶香が来てくれたお蔭で、わたしは晋之介を預けて安土城に昇る事も、博物館や、「信長の館」を見学することもできた。信長の館には、安土城天主部分と、徳川家康を招いた際の、安土饗応膳のレプリカが展示されている。

愉しくて、興味津々なのに、どこに行っても、春人の面影が隣にあった。説明書きを読みながらも、春人がいたら、補足でいろいろな事を教えてくれただろうと、そういう思いが離れなかった。

「どうだった?」

信長の館を出ると、晋之介を連れた紗耶香が近づいて来た。

紗耶香は子供の頃から犬を飼っているので、晋之介の扱いも上手だった。

現在は京都の実家でハスキーを飼っていると聞いた。

「お膳のレプリカも詳細で、とても良かったよ。天主部分は思ったより小さかったけど、すてきだった。他にVRも観られて、当時の安土の様子が垣間見られるし、信長が生きていた時代って、こんな感じだったのかなって、感じられる」

そう言って、わたしは紗耶香に、館内で購入した信長Tシャツの土産を手渡した。

「また買ってくれたの?気にしなくていいのに。さっきの安土城の下のお土産屋さんでも500円もする、たっかいアイスクリーム買ってくれたし、博物館でもなんか湯飲みみたいなの貰ってさ」

紗耶香はそういって、Tシャツの入ったお土産袋を顔の手前でくるくる回していた。

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