第8話 「天下布武」を利用したヘンテコな歌
「いいのよ、このくらい。晋之介をみて貰ってるんだし。本来なら、どこにも入れなかったんだから」
わたしが改めて紗耶香にお礼をいうと、紗耶香は照れたのか、わたしから目を逸らした。
「なんてことないよ。晋之介はお利口さんだから楽しいしさ」
「よかった」
「ねえねえ、それよりさ、さっきから気になってることがあるんだけど」
「なに?」
「あそこに石碑みたいのあるでしょう」
紗耶香の指さす方を見て見ると、子供達が遊んでいる芝生の上に、大きな石碑が鎮座していた。
「あれさ、あの石から演歌が流れるのよ」
「演歌?石から」
琵琶湖大橋では、道路から歌が流れるし、ここでは石から演歌か。どうなってるんだ滋賀県。
「それがね、石碑に近づいてみてわかったんだけど、なんだっけなあ、天下、天下……」
「天下布武?」
「そうそう天下布武っていう歌が流れるの」
「演歌で天下布武」
「そう。来て、来て」
わたしは、早歩きで石碑に向かう紗耶香を追いかけた。
「ほら」
晋之介のリードを持って振り返る紗耶香は眉を大袈裟にひそめ、あからさまに嫌な顔つきをしたが、その時、急に演歌が流れはじめた。
「なにこれ?」
「どこかにセンサーがあって、歌碑に近づくと、この微妙な音楽が流れるのよ」
「なんだか、織田信長に合わない感じの歌だね。声もおっさんだし」
「そうでしょう。かっこよくないよね。売れてもない歌の歌碑ってなんなのよ。それともこの人、織田信長と縁でもあるのかな?」
「それはないでしょう、ただの宣伝じゃない。それにしても、この洋風建築が立ち並ぶマリエートに演歌は不釣り合いだわ」
*マリエート
安土城下に建設された複合施設。体育館、文芸の郷セミナリヨ、多目的グランド、テニスコート、博物館、信長の館、レストランなどがある。
田園風景の中にそびえる洋風建築は、織田信長が布教を許可した宣教師の施設をイメージしているのかも知れない。
「そりゃあ、不釣り合いだ」
紗耶香は笑い出していた。晋之介をみていてくれた紗耶香には言いづらかったが、「信長の館」館内に流れる南米エキゾチックな音楽にも失望していた。
そういえば、数年前の6月、春人がひとりで安土を訪れたことがあった。
「あづち信長まつり」が開催されていたからだ。織田信長の命日に合わせて開催されている祭りなのだが、武士の姿をした騎馬隊の行列が、駅前から安土城までを練り歩く。しかし馬上の武士役はみな70歳代の高齢者なのに比べ、姫役は20代の若い娘。行列の後を歩くブラスバンドの曲が「崖の上のポニョ」だったと落胆していた。
そんな事をふと思い出した。
ちなにみ「天下布武」の歌碑と同時期に滋賀県の坂本という城跡に、明智光秀寄りの歌碑が、同じ歌手によって設置されている。なんとも不気味なことだ。
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