第9話 戦国焼きって
小腹が空いたので、わたしたちは「信長の館」近くにある「文芸の郷」という名のレストランに寄った。晋之介は、レストランの窓から見える木陰に、持参していた係留ポールを土に突き刺して、待たせている。
ここは全面ガラス張りの定食屋系レストランで、カウンター越しに食券を渡し、番号を呼ばれたら食事を取りに行き、お片付けも自分でするスタイルだ。主婦らしき女ばかりが数人、暇そうにしていたが、手順はいい。
わたしたちは券売機で「戦国焼き定食」というのを二枚購入し、晋之介に近い席を取り、料理が出来上がるのを待った。
「戦国焼きって、なんか凄いネーミングだね。牛肉と玉葱の炒め物だけど、戦国時代からあるのかな?」
両手に顎を乗せて、紗耶香が言った。同じ仕草を美波がしたら、あまり気持ちの良くない感情が浮かんだのだろうが、紗耶香には全く感じない。寧ろ、肌のきめの細やかさに感動さえ覚えている。
「さあ、どうだろうね。それにしても紗耶香、お肉好きだものね」
わたしも同じように掌に顎を乗せて紗耶香を見た。
「肉なら、いきなりステーキで450グラムは軽くいけるよ」
「うわっ紗耶香は大食いだね」
「桜花も負けず劣らず大食いじゃない」
紗耶香はにこにこしながらそういった。確かにわたしも、450グラムくらい軽くいける程の大食漢だ。
「そうそう、じっと見てて思ったんだけど、桜花って本当に肌が白くてきれいだね。雪女みたいにきれい」
「雪女って…肌が白いだけよ。基本はインドアだし」
そういいながら、わたしは姿勢を戻して自分の頬にふれた。
「紗耶香だって、むかしと全然、かわらないよ」
「ねえ、覚えてる。むかしさあ、桜花の家で、春人と、由香里と4人で朝まですごしたこと?」
「きゅ、急に話が変わるね。覚えてるよ、あの宗教のね?」
「そうそう、由香里の家の信仰宗教の話しを夜通しされて」
「遂には泣き落とされて」
「寝ている春人を起こして、春人の運転で横浜の由香里の実家と、その宗教団体の施設に行かされた」
「でも、わたしが咳き込んでしまって」
「宗教施設に入った途端、桜花の咳が止まらなくなって、どうしようもなくて、あれ、不思議だよね」
「お芝居じゃなくて、本当に咳が止まらなくなったの。でもちょうどいい理由付けにもなったしね、施設を出てく」
「それでわたしたち3人は退散出来たんだよね」
由香里というのは、春人と結婚した当初に知り合った。当時わたしの働いていた病院の受付にいた、同い年の女友達のことである。
「あれから由香里に会ってる?」
「ううん、病院を辞めてからは疎遠になっちゃって。生前、春人もあまり、由加里のこと良く思ってなかったし」
「珍しいね、春人が人を嫌がるなんて」
「やっぱり宗教の勧誘が・・・」
「そりゃ、そっか」
紗耶香は大きく腕を広げて、そのまま頭の後ろで指を組んだ。
「桜花、気分を害したらごめんね」
「ん、なに?」
「これまで言わなかったけど、由香里って春人のことが好きだったんじゃないかな。そんな素振り満載だったよ。桜花はそこらへん疎いから」
「ふーん、そうかな」
「いつもさ、あの大きく見開いた目の、そばかす顔で、春人のことをじっと見てたよ。それも真っすぐに真ん前から、じーっと」
「そうか・・・」
正直、由香里が春人に気があるのは気づいていたし、それらしき事を由香里に言われた事があるような気がする。ただ春人はもういないのだし、その話題は、下らない週刊誌の落書きに値する程つまらないと感じた。
「ごめん、変な話をしたね」
わたしの顔色に紗耶香が気づいた時、食事が出来上がった。鉄板に乗った戦国焼きがジュージューと音を立てている。わたしたちは顔を見合わせた。
「桜花、みてみて玉葱、ばっかり、お肉、少なっ!」
「本当だね、お肉三割、玉葱七割だねえ」
わたしたちは互いに口を押えて笑いを堪えた。
そのあと紗耶香はスマホで料理の写真を撮り、SNSに載せるのだと喜んでいたが、それよりもなによりも、窓外の晋之介が、こちらを見て首をかしげているのが、わたしにはとても可笑しく映った。
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