第10話 安土に一泊
車2台で安土駅まで移って来た目的は、駅前にある織田信長像を見るためだ。
「随分と胴長、短足だね」
紗耶香は腰に手を当てて、信長像を見上げていた。紗耶香のいう通り、羽織はかま姿の信長像は短足で、戦国武将のイメージとは程遠いものだった。
「写真、撮ろうか」
紗耶香が車から三脚を出そうとしたが、やさしい通りすがりの老人が、ふたりと犬一匹の写真を、銅像バックで撮って下さった。
「実はさ、きょうね」
紗耶香が手をコネコネ跨下で揉みながら、わたしを見ている。こういう仕草を見せるということは、何か頼み事がある筈である。昔からそうなのだ。
「折角、安土に来たんだから、安土に泊まりたいなあと思って、宿を取ってしまいました」
人差し指を立て、片目を瞑り、舌先をちょっと出した。
「宿、安土に?でもきょう京都の紗耶香の実家の旅館に泊まる予定だよ」
「それは大丈夫、ちゃんと予約を取り消したから。二泊のところを一泊は安土にしただけだから、日程にそんな変化はないでしょう」
「まあ、そうだけど。で、宿ってどこ?」
わたしは駅前の風景を、見渡した。
駅前なのだが、ホテルも旅館も見当たらない。殺風景と言えば、殺風景。
「そこの道をちょっと行ったところにあるのよ。両親の知合いでね。チェックインもしておいたから」
「でも、晋之介は、犬も泊まれるの?」
「もちろん。そこの料理旅館、実は旅館業は廃業しててね、いまは懐石料理の店になってるんだけど、うちの親が犬も一緒に泊まらせてあげてくれと頼んでくれて、それはそれは快く了承して下さったみたいよ」
「えー、無理やりっぽい。本当にいいのかな?」
無理をすると肩身が狭くなる。だいたい相手の方に迷惑だ。わたしは気乗りがしなかった。
「いいよ、いいよ気にしないで。そこにも犬がいるから大歓迎なのよ。外出時には、旅館の部屋に閉じ込めておけばいいし」
「そんな・・・知らないところに閉じ込めるのは」
ふと晋之介を見ると、わたしを見上げる彼の眉毛が下がっているように見えた。目もウルウルとしている。しかし紗耶香はお構いなしで続けた。
「急なことだったから、その旅館で夕ご飯食べないでいいし、ネットで検索したら、良い感じの串カツ屋さんが、旅館の隣にあるし、そこに行こう。カラオケにも行きたいなあ」
優柔不断で決断力のないわたしは、お気楽な紗耶香に言われるがままに、今夜だけ、安土の旅館にお世話になることにした。旅館の女将は八十代くらいの小柄の可愛らしい女性で、その夫は大柄で、小さな小さな犬を胸の中に抱いていた。結構、広めの部屋を用意され、晋之介の室内偵察も済んだ頃に、お風呂を頂き、身支度を整えた。
「少しだけ出掛けるから、お利口さんにしててね」
晋之介が寂しがらない様に、テレビをつけたままで、わたしたちは旅館の隣にあるという串カツ屋さんに向かった。
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