第11話 安土の串カツ屋さん

串カツ屋さんは暇だった。

このお店に限らず、世間はCOVIDの影響をまともに受けているのが実感だ。客足が遠のいているのが原因か、店主の表情も暗い。

店は入ってすぐ左側がカウンターで8人程度が座れる。右横は座敷になっていて、詰めれば30人は座れそうだが、感染症対策で、間仕切りと座席制限が為されている。わたしたちはカウンター席に座った。反対側には、カップルらしき男女が肩を寄せてメニューを見ている。店主から真っ白なお手拭きを貰ったが、熱くて思わず落としてしまった。

白いおしぼりについて、むかし、春人からこう聞いたことがある。

「白いおしぼりは高級なんだよ。おしぼり屋さんが貸し出す中で、新しいおしぼりが白で、それが汚れてくると、黄色く染めるんだ。だから白いおしぼりを使っているお店は、なんだか安心する」

わたしは白いおしぼりを手の中で広げて、匂いを嗅いでみた。

「なにしてんの桜花、生ビールでいい?」

「あ、うんうん」

紗耶香とわたしは、定番の生ビールを頼んだ。

炭酸がそれほど得意ではないわたしは、しかめっ面でグビグビビールを飲んでいるようだ。その顔を、

「まるで溺れているみたいだね」そう春人に笑われた。

「はああ、風呂上りのビールは最高だねえ、桜花」

最初の一杯を見事に飲み干した紗耶香は、おかわりを頼み、空のジョッキを置いた。

わたそたちは刺身の盛り合わせに、マグロのやまかけ、マグロの生葉巻、唐揚げ、出汁巻き卵を注文した。ビールとほぼ同時に「お通し」が出された。煮たマグロにとろろ芋が掛かっている。今夜はなんともマグロ尽くしになってしまった。それでも美味しければ構わない。わたしも紗耶香も、マグロには目がないのだから。

「駅前の自動販売機、可笑しかったね」

二杯目のビールを飲み干した紗耶香が口に唐揚げを頬張りながらそう言った。

「なんか、声がおじさん」

安土駅前に信長の絵が描かれた飲み物の自動販売機があった。喉は乾いていなかったが、鬼滅の刃柄の缶が欲しくて購入したのだが、その時に自動販売機が放つセリフが面白く、ついでに声が、とても声優とは思えない、近所のお爺さん風だったのにも、多少の落胆を感じた。

「自分が描いている信長の声とは違ったかな」

とはいっても、わたしの描く信長像とは、もともと春人から聞いた話なのだが。

「信長の声質は甲高い方だったと、由緒ある歴史書に書いてあったらしい。これも春人の受け売りなんだけどね」

「甲高い声か、納得」

「納得?」

「見た目から、野太い声って感じゃないじゃない」

「それはそうか」

「桜花は春人が忘れられないんだね」

「春人の話しをするから?」

「まあもう3年といえばもう3年だけど、未だ3年とも思える。しかも突然のことだったし仕方ないよ。それよりおかわりは?」

「うーん、ワインあるんですか?」

カウンターに吊るされたワイングラスが気になって聞いた。

「はい、ボトルだけなんですが」

店主は線の細い声をしている。わたしは紗耶香を見た。

「どうしよう?」

「飲もうよ、今夜は飲もうぜ。宿も近いことだし」

紗耶香がわたしの肩を抱いて、人差し指を立てた。

「ワイン、頂戴」

串カツ屋さんの唐揚げは、外はカリカリ、中はジューシーで、間違いなく、わたしの人生で世界一の味がした。マグロの生春巻きは大口を開けて食べる事に抵抗のないわたしたちには絶妙で、美味しい。出汁巻き卵も絶品だ。料亭を超えている。しかしまぐろの山やまかけには、お醤油をかけない方が良い。何故なら、上からうずらの卵、山芋、マグロ、大葉、大根のつまときて、その下に、なんと溜まり醤油が隠されているからだ。何なら最初に教えて欲しかった。山芋が醤油で真っ黒になってしまった。

わたしたちはワインのつまみに、串カツを頼むことにした。

「串カツを、店主さんのお勧めで20本ください」

紗耶香がかわいい笑顔を振舞った。

「にっ20本ですか?」

店主は、カウンターにあるパッドに入ったパン粉を、まるで砂遊びでもしているかの様に、何度もすくっては、流した。

「そう20本。わたしたち、割と良く食べるんです。ねえ桜花」

「そうなんです。ふたりとも大食漢でして」

うら若き十代の頃は、人前で大量に食べることを恥ずかしい事と認識していたが、「君の食べる顔が好き」だと春人が誉めるものだから、それからは遠慮も恥じらいもなく、食欲を満たした。

「また考えていたでしょう?」

「えっ」

「春人のこと」

「そんなこと・・・」

「いいんだよ、いいんだよ考えたって」

「どうしてわかったの?」

わたしは、目の下まで伸びた前髪を指先で分けた。

「口角が上がるの」

そう言って紗耶香は自分の口の端を指で上げて見せた。

「こうやって口角を上げた後に、哀しそうに俯くから。あー、春人のことを思い出しているんだろうなって、わかるんだ」

「そっか、そっか」

このお店の締めに、わたしたちはそれぞれお茶漬けを頼み、デザートにアイスクリームと胡麻団子、モッツァレラチーズのブルーベリーカツをオーダー、ペロリと平らげた。

「お腹、いっぱいになったね」

空いた皿をカウンターの一段上のスペースに揃えながら、わたしは言った。

紗耶香は肘をつき、掌に頬を乗せて、わたしを見ていた。

「お腹はいっぱいだけど、まだまだ飲み足りないなあ。カラオケも歌いたいし」

「カラオケ?」

「温泉旅館にはつきものでしょう。カラオケ」

「ここは温泉旅館じゃないよ。それにカラオケ店なんてあるような町の感じでもないし」

わたしは晋之介が気になっていた。さっき携帯電話を触るふりをして時間を見たら19時だった。

「カラオケがあるお店って、ここら辺にありますか?」

紗耶香が聞いた。

店主はポットから熱いお茶を注いで、わたしたちに出した。

「ありますよ。カラオケバーですが」

「スナックみたいな感じ?」

紗耶香は身を乗り出している。

「いいえ、マスターひとりで経営をしていて、女の子はいません。ここから歩いて15分は掛かりますが、興味がおありなら、その店のマスターに、席が空いてるか、連絡してみましょうか?」

そういう店主は、既に電話を持っていた。

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