第12話 安土のBAR「エムズバー&キッチン」

 紗耶香と、安土のBARで飲んでいた。

こんじんまりとしているが、やさしいオレンジ色をベースにした店内は落ち着いた雰囲気で、はじめての客にも居心地の良さを提供してくれる。

40代と思しきマスターがひとりで経営しており、店内に3台ある大小のテレビ顔面からはGLAYのライブ映像が流れていた。

ーGLAYのファンなのだろうかー

春人もGLAYが好きで、昔から良く聴いていた。

彼は、「SPECIAL THANKS」という歌が好きで、この歌を訪ねて、いつか函館旅行に行きたいねと、話した事がある。春人が死んでから、一度だけ、この歌を聴いたが、思い出が悲しくなり、途中で止めてからは、一度もGLAYに触れていない。

春人がいたら、このBARを好んだだろう。

「何にしましょう?」

人当たりの良いマスターは、背が高くしっかりとした体格をしている。どこか、ムロツヨシに似ているところが、ユーモラスで良い。

「カクテルできます?」

紗耶香が聞いた。

「まっ一応は」

マスターはカウンター内にあるリキュールの棚を見ながら答えた。それ程、ボトルの数は多い方ではない。

「田舎なんでね、あまり飲む方がいらっしゃらないから、一般的なカクテルしか出来ないんですよね」

そういうマスターは、とても謙遜していた。

「とりあえず、わたしはビールにしようかな」

紗耶香がカウンターに肘を置き、顎を掌に乗せた体勢でリキュール棚を見ている隙に、わたしが言った。

「そうね、わたしも最初はビールにしようかな。生2杯下さい」

紗耶香は腰に手を当て、上半身を伸ばした。

「ここはエビスビールなんですね」

カウンターの奥にあるキッチンに続くのであろう暖簾を、紗耶香は指さした。サッポロエビスビールの暖簾だった。

「そうなんです。うちはサッポロさんです」

マスターは誇らしそうに、そう言った。

「わたし、エビスがいちばん好きです」

味に深みのあるエビスビールは他のビールと比較にならない。と春人が語っていたのを想い出した。

「ふーん、わたしはアサヒかな?」

紗耶香は相変わらず、肘をついて、掌に顔を乗せている。

「そういう方、多いんですよ。みなさんビールというとスーパードライと。特に関西はね」

マスターは入り口付近にあるサーバーからビールを注いでいた。

「エビスは濃いんだよね。まあ、それが美味しいと言う人も多いけど」

コースターの上に置かれたビアグラスを片手に取り、紗耶香はわたしに向けて軽くグラスを上げた。

「乾杯」

あれからカクテルを二杯ずつ頼み、カラオケも5曲程、歌った。

酔いも回っていたので、時間が経つのを忘れ、晋之介のことも、うっかりしていた。

「急いで帰らないと!」

店内の時計を見ると、もう深夜12時を回っていた。

「送りましょうか」

店にはわたしたちの他に、5人いたが、常連客なので、店番をして貰うとマスターは言った。

お言葉に甘え、宿までマスターに送って頂くことにした。

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