第13話 贅沢煮という食べ物
宿に帰りつくと、晋之介は我を忘れたようにわたしに飛び掛かってきて、寂しさと、喜びを訴えた。この頃、見たニュースだが、犬は久しぶりにか飼い主に会うと、涙を溜めるらしい。
「晋之介、わたしは無視かいな」
紗耶香にそういわれ、申し訳程度に彼女のところに行き、洋服の袖口を加えて、引っ張っている晋之介が面白かった。
ほどなくしてわたしたちは眠りに就いた。早朝目覚めたわたしは、晋之介に、ご飯をやり終えると、散歩に出かけることにした。紗耶香はぐっすり眠っていたので、寒くない様にと、布団の隙間を埋めてやってから部屋を出た。宿の女将に聞いた散歩ルートは、農道の一本道をひたすら歩くもので気持ちが良かった。都会では考えられない風景。前方、向かって右側のお山が、かつて観音寺城のあったところ。山の谷間から朝日が昇りゆく景色は地球に生まれたこと、そしてこの日本に生まれることの運命に感謝したくなる程、懐かしく幻想的であった。農道の先には安土山がある。
「信長の天下取りの町。晋之介、こんなところに住んでみたいね。そう思わない?」
晋之介はわたしを見上げ、少し首を傾げては歩き続けた。
「走ろうか」
人気のない農道を、わたしたちは全速力で走った。
旅館に戻ると、紗耶香が丁度、風呂から上がったところだった。首に白い手拭を巻いて、ペットボトルの水を飲みながら宿の玄関に来ていた。
「わたしも一緒に散歩に行きたかったなあ」
「紗耶香、ぐっすり眠っていたから、起こさなかったよ」
「まあ、いいや。今夜はうちに泊まるんだし、明日の朝は置き去りにしないでね、お願いよ」
「わかった、そうする」
わたしは晋之介の足の裏を拭きながらうなづいた。
「お風呂、まだでしょう?入ってきなよ。私が晋之介の相手をしてるし、上がったら、朝ご飯を食べて、チェックアウトしよう」
「そうだね、晋之介をじゃあお願いしようかな」
さっき走ったので、わたしは汗だくだった。紗耶香に晋之介のリードを渡し、旅館の部屋に戻って風呂の支度をした。
汗を流し、部屋に戻ると、朝食が用意されていた。鯖の塩焼き、おでんに似た煮物、贅沢煮、お漬物、豆腐とお揚げのお味噌汁に、鮒ずし。
「これなんだろう?」
贅沢煮とやらを一口食べてみた。
「なんだかふにゃふにゃしてるね」
わたしがそう言うと、紗耶香はクスクス笑っていた。
「それ、桜花、苦手でしょう」
「う、うん」
「京都や滋賀県の郷土料理よ。沢庵を塩抜きして、お醬油とかで煮詰めたもの。ここは沢庵だけと、シンプルだけど、うちの実家では、いりこなんか入れたりしてる」
「なんで贅沢煮っていうの?」
「そのままでも食べられる沢庵を、塩抜きして煮るからと聞いたよ」
「ふーん、わたしはパリパリしてる沢庵の方がいいかな」
「わたしも」
とはいえ、折角のご厚意で泊めさせていただいているので、わたしたちは全ての料理を残さず食べた。ちなみに鮒ずしは美味である。
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