第14話 疫病に殺された町
京都にある紗耶香の実家は、東山区高台寺にほど近い場所にあった。
通常なら賑わいのある街並みではあるが、そこは特に奥まった場所にあり、道が狭く車は通れず、駐車場は旅館から離れていた。良く目を見張って歩かないと、見過ごしてしまうような小さな宿には看板もなく、一見すると民家の様でもある。木製の扉を開けると、外観からは想像もつかないような長いアプローチがあり、左右には和の美をふんだんに散りばめた庭がある。
「すてきなところね」
「改装したばかりだから」
先を歩く紗耶香は洋装だが、なぜか此処では和に馴染んで見える。
昔からお洒落で、少し派手な色合いを好む紗耶香だが、やはり彼女は根っからの京都人なのだと、後ろを歩くわたしは感慨深かく思った。
紗耶香の両親と、ここで飼われているボーダーコリーに挨拶を済ませると、宿に隣接している自宅の一室に通された。晋之介に水を与え、わたしは縁側の傍で大の字になった。
やはり疲れた。仕事以外では、人と関わることの少ない日々を送っている。紗耶香と過ごした二日間は新鮮だったが、ひとりと一匹になれる時間は必要だった。家族全員を失い、春人を亡くしてからは、人との関わりを図らずも避けて生きて来たようだ。
「晋之介、もう少ししたらお散歩に行こうね」
八畳間の隅々まで臭いを嗅ぎまくっている晋之介に声を掛けると、晋之介は背中を向けたまま顔だけこちらに向けた。クエスチョンマークが頭の上に浮かんでいるような、面白い顔をしている。
ゆるやかな風が気持ちのいい日だったので、わたしは庭の方に身体を向けて、目を閉じた。庭の木々が揺れている。心なしか、口角が上がる。
生きていると実感した。家族の死を切欠に、死への執着があったことは否めない。自死を選ぶということより、明日への希望を抱けないと言った方が適切だろう。その中での春人との出会い。それはわたしにとって、希望の入り口だった。それなのに。
「運が悪いとは思わないけど、過酷ではあるな」
小さな箱庭に注ぐ光を目を細めて見ていた。晋之介がやってきて、外の空気を吸っている。晋之介は無邪気に生きている。大袈裟ないい方だが、この大切な命がある限り、わたしは晋之介に寄添い、絶対に生きて行くのだと誓う。
「晋之介、そろそろお外へ散策に出掛けようか」
いつの間にか、わたしの足元で寝ていた晋之介は顔だけ上げ、こくりと頷いた。ように見えた。紗耶香は急用ができたと出掛けたので、わたしと晋之介のふたりで京都の町を散策することにした。疫病のせいで町は閑散としている。以前、ここを訪れた時は、ふつうに歩くのさえままならなかったほど混雑していた。そこらを飛び交っていた中国語も、大柄な白人の姿も街から消えている。不謹慎だし、これは差別的な発想のなのかも知れないが、あの頃の中国語には少々うんざりしていた。これはこれで、一時的に心地よい。しかしそう思ったのも束の間。清水寺に向かう参道の商店の殆どはシャッターが下り、つむじ風が吹き抜けている。あの活気のあった街並みは見る影もなく、人々の生きようとする息吹が虚しく転がっていた。
「これがあの京都か…」
うかつにも、京都を独り占めしている様な気分になり、一瞬でも浮かれた自分を非難した。閉ざされたシャッターの裏で、どれだけの人が、先行きの見えない不安に震えていることだろう。
わたしは座り込み、晋之介の首に腕を回した。
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