第15話 ハーフの子
清水寺付近の、それも有名なみたらし団子のお店で、きな粉を大量に振りかけた団子を買って、高台寺に隣接する広場で食べた。
「晋之介、ないよ~」
晋之介がみたらし団子を気にしすぎるので、お散歩用のウエストポーチの中から、七面鳥の筋肉を食べさせ、落ち着かせた。最近判明したことだが、晋之介は食物アレルギーとアトピーで、獣肉と大豆は食べられない。鶏肉の陽性反応は出ていなかったが、獣医さんから、念のため、鶏肉も与えないようにと言われている。しかしそれではあまりに可哀想だ。わたしは晋之介の皮膚の状態を注視しながら、一日一個、この筋肉だけはあげている。数日後、晋之介の身体は湿疹で大変な状況になるとも知らず。
馬鹿な飼い主を持つと、子は苦労する実例だ。反省
広場のベンチに座っていると、西洋人のお父さんが、小学生の娘に自転車の乗り方をやさしく教えているのが目に入った。近くに日本人らしきお母さんが立ち、ふたりを目で追っている。その周りを、娘のお兄さんであろう男の子が上手に自転車に乗って走り回っていた。
「ハーフの子ってかわいいね」
晋之介に話しかけたが、筋肉おやつを食べきった彼は、わたしが持つ残りのお団子を気にしている。
「晋之介はほんとうに食いしん坊だね」
そういえば春人も食べる事が大好きだった。彼は和食を好み、おやつでも洋菓子よりも和菓子を望んだ。洋食好きで、日本食をこしらえることが不得意なわたしは、春人の喜ぶ顔見たさに、いつも必死で和食作りに挑んでいた。春人は食べ物について文句は言わないが、お気に召さない時は、口に含んでから、わたしを見て無言で微笑む。嫌味のない笑顔なので、苦痛と思ったことは一度もない。
「考えてみれば、春人もお肉を好まなかった。煮物の中の小さな鶏肉さえ、避けていた。ヴィーガンにでもなりたい気分だよ。といっていたのは、もしかしたら冗談ではなかったのかな?」
わたしたちはそれから一時間くらい、そこの広場で過ごしていた。
そしてハーフの女の子が自転車に乗れるようになったのを確認すると、こちらも自然と笑顔になる。
わたしには、父親との記憶があまりない。父の顔を見ている、しあわせそうな母の印象が強いせいなのか、あの事件以来、父への嫌悪感が拭えないでいる。無意識に、父との記憶を消そうとしているのかも知れない。それでもいまになり、良く父の夢を見る。それは過去の想い出などではなく、過去に共に過ごした家や町で父と過ごす夢。母の夢も見るが、父と母は一緒には現れない。
母はいつも、自らが手に掛けた息子と、病死した妹と共にいる。日常の中で、時折、顔を出す苦い思い出は、わたしの命が尽きるまで消えることはないのだろう。覚悟をしながら生きてゆくのはつらいが、いまは晋之介がいる。愛想笑いしか出来なくなっていたわたしに笑顔の日々をくれた春人と、晋之介には感謝しかない。
わたしたちは円山公園まで歩き、鳩と戯れ、建仁寺を通って宿に戻った。
その夜、紗耶香は遂に帰って来ず、連絡も取れなかった。わたしは紗耶香の両親に連れられ、近所の天婦羅屋さんで夕飯を御馳走になった。その時、紗耶香のお母さんから衝撃的なあることを聞いた。亡くなる直前のこと、春人が京都を訪れていたというのだ。紗耶香の両親にも挨拶をしに来ていたらしく、爽やかで実直な印象を受けたと、春人の死を悼んでくれた。
全く聞いていなかった事実を受け止める暇もなく、わたしはその場しのぎに話を合わせ、自分自身を取り繕うばかりだった。
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