第16話 消えた紗耶香

十月も後半になると、本格的な冬の到来を感じる。

わたしは購入したばかりのこたつ布団を、リビングにあるテーブルに用意した。

「そろそろ冬だねえ晋之介」

真新しいこたつ布団の裾の上で寝転ぶ晋之介は、やわらかい真綿を気に入ったようだが、わたしがキッチンに立つ隙を見ては、最近、押し入れの奥から引っ張り出した春人使用の座椅子に座った。これはいつもの光景で、わたしの座椅子より、倍も大きな晋之介専用布団があるというのに、彼は春人の座椅子に座りたがる。わたしが用事を終え、リビングに戻って来ても、晋之介はその場を譲らず、じっとわたしの目を見つめるのだ。

「こたつもあることだし、今夜はお鍋にしようかな」

わたしが幼い時、北海道で暮らしていた頃、冬場ともなると、我が家は週五日、鍋料理だった。母は、父の好みに合わせ、フグや鶏の水炊き、しゃぶしゃぶを良くこしらえた。

うちは鍋といえばポン酢を用意したが、春人の実家はお出汁で味付けした鍋料理が主流だったらしい。なので結婚後は、寄せ鍋を作る事が多かった。


夕方、晋之介を連れ、駅前のスーパーに買い物に行った。その帰りに近所の公園に寄った。この頃、買い物に行く時は、晋之介の為に購入したドッグカートを引いて、それをスーパーの手前にある自転車置き場におき、晋之介を柵に繋ぐ。長くても10分以内の急ぎ足で買い物を済ませ、荷物をドッグカートに乗せて帰るのだ。ちなみに晋之介はこのドッグカートがお気に召さない様で、乗ってくれない。

半時間ほど公園内を散策していたら未だ17時前だというのに日が傾きはじめた。冬の気配を感じた。

「さあ晋之介、日が暮れる前にかえろ」


テレビを見ながら、寄せ鍋をつつき、燗にした日本酒を飲んでいた。

「あれはなんだったのだろう?」

死ぬ直前の春人の京都訪問のことを考えていた。彼から全く聞いていなかった事実。寧ろ隠されていたというべきだろうか。なぜ、ふたりはわたしに内緒で京都で会っていたのか。紗耶香は前回の旅行の際、自分から春人の話しはしても、会ったなどと、一言もいわなかった。それだけではない。あの日、紗耶香の実家に泊まった夜、彼女は外出先から帰って来なかった。

「実家の旅館には、半ばむりやり誘ったんだよ、紗耶香」

わたしは晋之介を見て、怒ったような顔をわざと作った。

「なのにさ、用事があるからと出掛けっ放しって、なんなのよ。夕ご飯の時もいなかったし」少々腹が立つ。

お猪口に酒を注いだが入ってない、逆さにして振っても出て来ないので、わたしは仕方なくキッチンまで行き、酒の入っている棚から酒瓶を取り出し、徳利に入れ、レンジでチンした。

「これで最後にしよう」

いや実際のところ、ご両親から春人の話しを聞くまでは、紗耶香が不在なことは気にも留めなかったかも知れない。正直、晋之介とふたりきりの方が気が楽だったし、昔から紗耶香には、奔放なところがあったから、珍しく思わなかったのだ。しかし春人とのあの話を聞いてから、消えた紗耶香の行動を、春人と結び付け、無性にいらしらした。

「ぜんぜん眠れなかったし」

レンジから取り出した徳利が熱すぎて、徳利をレンジ内に倒す所だった。

「人の悪口を言ってるから、罰が当たったのかな」

旅から帰って来て一か月、紗耶香からはなんの連絡もない。わたしからは、両親と紗耶香へ個別に御礼の手紙と、東京の名産品を送ったのだが、相変わらず紗耶香からは梨の礫だ。

「ん、だれだろう」

メールが届いた。紗耶香からではなく智美からだった。

「来月、遊びに行くね。って、急になんだろう」

またも、そう親しくもない友人が遊びに来るらしい。

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