第17話 小生意気な智美
アメリカ大統領選挙のニュースがテレビから流れて来た。
「トランプさん負けちゃうのかな」
春人の座椅子に当たり前に横たわる晋之介の頭を撫でながら、カウチを背もたれにしていた。
「わたしなんかが考えても仕方ないね」
退屈なテレビのニュースを観ながら、かれこれ一時間も愚痴を言っていた。
きょうは、函館から幼友達がやって来る。幼友達といっても函館を出てから会ったのは互いの結婚式の時だけで、殆ど知らない人物に近いのだが。
「憂鬱だ」
最近、忙しく、ずっと働き詰めだった。実はきょうが28日ぶりの休みである。過酷な労働状況を終え、やっと3日間の休暇を貰えたというのに、きょう一日、まるまる智美に費やさなければならないのか。とにかく、下の居酒屋のテラス席を予約しておいた。寒くなったので、テラス席はビニールカーテンが引かれ、ストーブも用意されている。智美が来なくても、晋之介とふたり、その居酒屋で過ごす予定をしていた。
「智美、うちに泊まるのかな?」
正直、他人と自宅で過ごすのは苦手だが、遠方から来てくれるのだ、嫌とは言えない。シングルベッドサイズのカウチにシーツを敷き、布団と枕を用意し、新しいバスタオルと歯ブラシ。これだけ揃えた。
「これで良し。準備万端」
智美が快適に過ごせるようにと考えながら、カウチ、予備の布団が入った押し入れなどの、指さし確認をしていると玄関のチャイムが鳴った。
「はい」
「私よぉ」
インターフォンに映る智美は顔をカメラに近づけすぎている。大きな黒ぶち眼鏡だけが目立っていた。
「あー、はいはい。いらっしゃい。すぐに開けるね」
ロックを外し、玄関の鍵も開けてから、わたしはエントランスにある姿見で髪を直した。智美は他人の身だしなみに口を挟みたがる面倒な人だ。
「こーんにちは」
智美は素早くやってきた。昔と同じ、長めのスカートにパーカー、毛量の多い明るめの髪の毛はひとつに結んで頬にかかる部分だけ垂らしている。以前、わたしの結婚式で会った時より髪の毛は痛み、茶髪具合も増していた。
「桜花、元気だった」
背の低い智美は、黒ぶち眼鏡姿でわたしを見上げた。相変わらず、可愛い目をしている。
「元気だよ、ありがとう。智美も元気そうで」
「なんだありゃ、犬」
晋之介がどういう反応をするのかわからないので、ケージに入れてある。
「犬飼ったんだ?」
ちらりと晋之介を見ただけで、智美はカウチの端に腰かけ、大きく伸びをした。犬には興味がないらしい。
「私たち離婚したんだ」
「えっ」
お茶を煎れようとキッチンに向かっていたわたしは驚いて振り返った。
「っていうかね、そもそも籍も入ってなかったから、戸籍上は独身のままなんだけど」
「籍、入れなかったんだ」
「だって別に結婚したかった訳じゃないもん。結婚式が、したかっただけなんだよね。悪い?別に普通でしょう」
智美は頭の裏で両手を重ねて、身体を大きく逸らし、再び伸びをした。
「結婚式だけしたかったの?うん、普通かな、普通だね、普通」
その話しに興味が沸いたわたしは、加速をつけて、テーブルの下に膝を滑り込ませた。
「私さ、桜花も知ってると思うけど、子供の頃から結婚願望ないから。でもウエディングドレスぐらいは着てみたいじゃない。それにさ、会いたかったんだよね、桜花の彼に。てっいうか、お茶は、お茶、お茶、早く」
智美はキッチンの方に向いて、急須を指し、お茶を要求した。
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