第43話 春人の幼馴染と由香里の本当
美南が突然、訪ねて来た。
この施設に面会に来た人は、美南がはじめてだ。美南と会うことを了承したわたしは、スエットから少しお洒落な普段着に着替えた。髪の毛も整え、青白い顔はファンデーションとチークで隠した。
わたしたちは看護師立会のもと、庭での対面となった。
「美南、どうしてここを知ったの?」
「ネットでね、ある占い師のお婆さんていう人と、桜花が親交があったって書いてあって、必死で探したのよ。それで、やっとお婆さんを探し出して、それで居場所を教えて貰ったの」
「ネット?」
「事件のことで、桜花、いまや有名人だから」
「そっか、それは困ったな」
わたちたちふたりはベンチに腰掛けていた。東京の外れにある自然豊かなこの病院には和洋折衷、四季が楽しめる庭があり、風情豊だった。
「困ったってなにが?」
「晋之介に会えなくなりそうで」
美南は身体をこちらに向けていたが、わたしはじっと前を向いていた。
「晋之介かあ。桜花、ここに来てどのくらい経つかな?」
「未だ半年だよ」
「早く出たいでしょう?」
ありきたりな質問に、わたしは答えるのが面倒臭くなっていた。
「どうだろう、晋之介に会いたいかな」
「春人のこと思い出す?」
「うーん、そうね」
春人はどこにいるのだろう。時折、ふわっと彼を感じることはあるが、実際に目の前に現れる訳ではないので、その感覚はきっと、わたしの願望なのだろう。
「由香里さんの実家に行ってきたよ」
わたしは間を置いて、「そう」と言った。
「彼女から聞いていた実家とは、ぜんぜん違ってて驚いた」
横に座る美南を見ると、少しうつむき加減で悲しそうだ。
「病院へ、親戚のお見舞いに行った時に、桜花に紹介されたんだよね、由香里さん」
「うん、紹介というか、わたしと美南が廊下で立ち話をしている時に、たまたま由香里が通りすがって」
「紹介せざる得なかった?」
美南はわたしを見て、薄く微笑んだ。
「そうね」
「由香里さんのこと、桜花、あまり好きじゃなかったんでしょう」
「そうかもね」
「由香里さん、本当は下町の生まれでさ。わたしには山の手の裕福な家庭で育ったと自慢してたんだけど、それが全くの嘘でね。今回、ご焼香に伺って、驚いたの。実際は古い古い都営住宅で、なんとも寂しかったよ」
「ご焼香って、由香里のご主人の家じゃないの?」
「主人?あーっ」
髪の毛を耳に掛けた美南は首を振った。
「あれは、なんて言うんだろう。レンタル的な」
「そうか、レンタル?」
「お金を支払ってその時間だけ、夫を演じて貰っていたみたい」
「世間にそういうシステムがあるのは知ってたけど。あの男の人、そうだったんだ。でもなんでそんな演技を。えっ、まさか、もしかしたら犬も?」
「犬がいたの?それなら、きっとレンタルじゃない。実家に犬はいないし。犬なんて、とても飼えそうな環境にないし」
だけど困ったなあと美南はいい、
「こんなこと、桜花に言うのもどうかと思うけど」
一度、顔を仰向け、美南は息を吐きながらわたしに向いた。
「なに?」
「由香里さんさ、春人くんと桜花の関係に憧れてたんだと思うの」
「……」
「それで嫉妬して」美南は顔の前で手を振った。
「気にしないで。桜花が悪いんじゃなないのよ。自分の置かれた境遇と桜花を比較してたんだと思う。羨ましかったんだね桜花が」
わたしの境遇と比較って、一体どういうことなのだろう。由香里はわたしの過去を勝手に描いていただけだ。一拍置いて、わたしは聞いた。
「不遇な人生が、それが自殺の原因なの?」
「ううん。遺書もないからわからないけど。事実としては、レンタルしていた男に払うお金もなくなって、どうしようもなくなったんじゃないのかな。生きて行く理由も意味も失ったとか」
「……」
「桜花」
美南は上目遣いにわたしを見た。いつ見ても、こじんまりとした可愛い顔をしている。
「わたしは春人の幼馴染だから、わかるんだけど、春人は見た目通り真面目で、純粋な人だよ」
「そう、だよね」
「春人自身がいなくなってしまって、いろいろな方面から雑音が入ると思うんだけど、そんなの気にしないで、春人は桜花のことを、とても愛していたし、天国に逝っても、いまも心配していると思う。っていうか、心配すぎて、天国にも行けないで、ここら辺を彷徨っていたりしてね」
舌を出して微笑む美南を見ていたら、わたしも自然と笑顔になっていた。馴れ馴れしくて、いつも上目遣いな仕草をするのが苦手で、これまで美南と距離を置こうとしていた自分が恥ずかしくなった。わたしが、ありがとうというと、美南は、うんうんとうなずいた。帰り際、こちらに向かって手を振る美南の目が薄っすら涙で滲んでいる様に見えた。
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