第30話 春人の想い出の品
由香里が提案した交換条件を飲み、彼女に謝罪をしたわたしは、記憶を取り戻す手始めとして、春人の私物が入っている、真新しさの残る段ボール箱の中身を、部屋一面に広げた。女でも持ち運びがし易いようにと、小さめのサイズを選んだが、書斎の押し入れは6個の段ボール箱でいっぱいだった。
衣類の箱は後回しにして、文具や仕事で使用していたものを詰めた箱から開けた。ここへの引越しの時以来、春人の私物に触れていない。春人は物持ちではなかったが、それでも冬服などを入れると箱はすぐに満杯になった。
夫の葬式が終わると同時に、わたしの意思は無視して、春人の両親が持ち出したものも多くあったので、わたしは形見分けという形で渡されたものを保管した。
「春人の大切なものも、思い出の品もたくさん実家にいっちゃったし、もしその中に、例えば乱暴者に変貌するわたしの記録があったらどうしよう」
いつも隣にいる晋之介は廊下に座り、部屋の床一面に広がる品々を恨めしそうな顔で眺めていた。
「きょうは長時間かかると思うから、先に寝ちゃいなね」
時刻を見ると深夜1時を回っていた。最初は気を張って作業をしていたわたしだが、次第に思い出の中に心が埋もれていき、呼吸をするのも苦しくなった。わたしは大きく息を吐きだし、身体を折るようにして、春人の遺品の上にうつぶせた。
「ごめんね春人」
泣いていると、晋之介が横にやってきてわたしの腕に顔を置き、寝そべった。
「晋之介…春人の荷物の上に乗ってるよ」
顔を横向け、晋之介を見る。晋之介は黒い大きな目を見開いてこちらを見ていた。
「この作業はきっと、つらいものになる」
事と次第によっては、晋之介と暮らせなくなる可能性もあった。それでもわたしはこの作業を続けなければならない。過去に犯した罪に向き合う為にも、これから二度と、人を傷つけない為にも。
しかし
昼食をこしらえながら晋之介を見ると、キッチンの床に横になっていた晋之介が急に起き上がり、首をふった様に見えた。
「大丈夫だよ、愛媛に行く時は、晋之介も一緒だから」
昼食ができた。きょうは炒めたツナ缶とゴーヤを、ごま油をまぶした素麺と和え、梅干しと醤油と胡椒で味付けた。夏バテ防止料理だ。
バテ気味の晋之介にも、素麺にノンオイルのツナ缶を少々まぜたものをお裾分け。ふたり並んで食べるしあわせが、いつまでも続きますようにと祈りながら。
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