憑依の夫 -Patiently to see you in Heven-
藤原あみ
第1話 泣き虫キッズのばかやろう!
夏場の犬の散歩は朝が早い。
早い時刻に出ないと陽が昇った途端に暑くなりすぎて、犬がバテてしまうからだ。どれだけ早いかというと、6月~8月は午前5時。
どんなに就寝が遅くても、少々飲み過ぎた翌日でも、がんばって早起きをしなければならない。
それが犬を飼うということなのだ。と、わたしは信じる。
わたしの名前は外村桜花(とのむらおか)。桜の花と書いておかと読む。
年齢は20代後半。結婚経験ありの子供なし。職業は看護師。自宅から歩いて数分の病院に勤務しているので、犬を飼っている環境としてはありがたい。
というのも昼休みに自宅に戻り、一緒の時間を過ごしてあげられるからである。犬にとって、人間と過ごす時間は、空気を吸うくらい大切なのだ。
犬を飼ってすぐのこと、わたしの住むマンションの隣の部屋の子供が犬を極端に怖がる子だと判明した。七歳と三歳の姉妹なのだが、晋之介の姿を見るだけで、顔を歪め、大声で泣きわめく。
「マアミィこわいよぉー」
声を揃えて泣いちゃうもんだから、晋之介もタジタジになり後退り。
若い母親はすみませんと会釈をするが、顔の強張りを見ると、母親の犬嫌いが子供たちに伝染したのだとわかる。和犬に良く見られる現象なのだが、晋之介はトイレシートで用を足してくれず、日に何回も散歩に出なければならない。
「何がマミイだよ、外国人かよ。どうみてもばっちり一重のアジア人じゃないのよねえ晋之介。なんであんなに泣くかね、しかも泣き顔がぶさいく」
そんな陰口でもをたたかないと、ストレスが溜まりそうだった。
「さあ、晋之介行くよ」
散歩の度毎に気にかかる泣き虫キッズ。わたしは毎回、扉を少しだけ開き、キッズがいないかを確認してから晋之介を出す。
のだが、それでも日に一度は出くわしてしまう。
これとは別に、わたしには、もうひとつ懸念材料があった。実はこのマンション、小型犬なら応相談。となっている。柴犬は果たして小型犬なのか、中型犬なのか?管理会社も悩んでいたが、「長く住んで下さっているので」ということで、飼うことにОKを貰った。しかしこの間ついに泣き虫キッズの母親に、「柴犬って小型犬でしたっけ」と問われた。すなわち、この犬飼ってもいいのですか?という意味だろう。少しの後ろめたさもあり、わたしたちは、ここから引越す事にした。幸いと言っていいのか、わたしには亡くなった夫が残してくれた多少の遺産がある。夫を亡くして3年、その金には手をつけていない。
3年間のひとり暮らし、お洒落にさほど興味がある訳でもなく、たまの外食と読書が趣味のわたしには金の使い道もなく、自身の蓄えもそれなりにあったので、この際だから賃貸から抜け出そうと決意した。
不動産巡りをしている頃、以前、病院で知り合った老夫婦から連絡があった。
わたしが以前勤めていた病院を辞めたと聞いて心配して電話をくれたのだと言う。親しい間柄であったのに報せもしないで辞めた不躾を詫び、近況などを話していると、ご夫妻から耳よりな情報を得られた。
23区内で駅ちか、新築分譲マンションを紹介して下さるというのだ。
そもそも夫婦は不動産会社を経営していて、いまは事実上引退しているが、知人に不動産関係者が多く、しかもその頃は2020年4月下旬、COVIDやらが蔓延し始め、不動産が売れなくなっていた。それで通常よりもかなり安く買えるという。しかもこの話には続きがあり、夫妻の知り合いが経営する病院で欠員が出るので、就職も世話してくれるというのだ。個人経営の小さな病院で、マンションから徒歩圏内。朝8時~13時。昼休憩を入れて17時~20時までの勤務、残業なしときた。これに飛びつかない理由はない。早速、話を進めて頂いた。そして緊急事態宣言が終わり、街が少し落ち着きを取り戻した6月初旬に引越をし、8月3日に初出勤を果たしたのである。
この頃のわたしは、晋之介との新生活のスタートに胸をときめかしていた。
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