第19話 もやもや年越し
たしかに紗耶香と聞こえた気がする。しかしその時、歩道を散歩している犬に対し、珍しく晋之介が吠えまくり、智美の声がはっきりとしなかったのも事実だ。晋之介を宥めていると、智美は店内で寝てしまい、店の人の手を借りて2階へ連れて行った。しかし翌日の朝、智美は忽然と消えていた。
2020年の大晦日を迎えた。
なんとなく、幼少期から年越し恒例であった紅白歌合戦を観たあと、ゆく年くる年の鐘の音をテレビを通して聞いていた。
実家の母親仕込みのお節も、今年は上出来。食物アレルギーの晋之介にも、犬でも食べられる特性おせちを作ってみた。意外と簡単に出来て、晋之介も満足気であった。
「今年も終わるね。いろいろあった困難な年だったね晋之介」
晋之介と迎える2度目の新年。お正月は年間行事の中でも特に好きだ。なので年末に近づくにつれ心が躍る。のだが、今年はそういった気分じゃない。
京都旅行から引きずる紗耶香の面影。「何もない。気にするのはやめよう」と自分に言い聞かせても、事あるごとに浮かぶ、春人と紗耶香の不貞の様子。
「あーやだやだもう。考えたってしょうがない。何があったとしても全て過去のことだし、問いただせる相手もいないじゃない」
あれから紗耶香からの連絡はないし、こちらも敢えて避けていたように思う。できれば、気持ちの中の矛盾がとれるまでは、紗耶香とは疎遠のままでいい。
「紗耶香と何があった?」
春人の遺影に問いかけても、当然、彼は微笑んでいるだけなのだが、例えばわたしが落ち込んでいる時は、写真の中の春人は慰めている様で、自堕落な気分の時は、窘めている様に見える。無論、ただの気のせいなのだが。今夜の春人は、困っている様に見えた。
「真実か」
紗耶香に連絡を取ってみようか。しかしそこで知る事実は、あまりに一方的なもので、死んだ春人の尊厳を無視しているように思える。それは全く意味のないことであり、わたしが大切にしたいと思ってきた春人との想い出に傷をつけることになるかも知れない。この先、ひとりで生きてゆくと決めたわたしにとっては、つらい選択になりそうだ。
紅白が終わった頃には、番組の内容も覚えてないほど酔っていた。初詣に出掛けようと思ったが、それもよしておこう。いやっ、しかし晋之介のトイレ散歩が残っていた。仕方がない、酔い覚ましも兼ねて散歩に出かけたが酔いは冷めず、朝まで炬燵で眠ってしまっていた。
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