第3話 ぶりっ子な美南
残暑厳しい9月初旬、古くからの友人がわたしを訪ねてきた。
「いい所じゃん。広いし、何より駅から近いし、新築なんでしょう。羨ましいなあ」
そう言いながら家の隅々まで見て歩く彼女の後を、晋之介が警戒しながらついて行く姿が面白かった。
彼女の名前は、美南(みなみ)。高校からの同級生で、彼女は大学時代を東京で過ごし、その時、知り合った同じ大学の先輩と結婚して、もう5年になる。子供はいないが、都内の高級マンションに住むリッチな主婦だ。
「犬、飼ってたんだね」
彼女は猫好きで、犬には興味がないと言っていた。幼い頃、近所のジャーマンシェパードに追っかけ回された挙句、転んだところ、尻を噛まれたらしい。いまでも尻の辺りに傷が残っていると言っていたのを思い出した。
「うん、ひとりになったしね。南美は?」
「いないよ。面倒なの嫌いだし。縛られたくもないし。猫ちゃんならまだ可能かもだけど、犬は牙を剥くから信用できなくて」
彼女はしゃがんで晋之介を見た。晋之介は口を閉じたままで、彼女の目をじっと見つめている。
「お名前は?」
そう聞いて、美南は手を、晋之介の頭へ伸ばした。反射的に晋之介は首を引っ込める。
「あれ、怖いの?もしかしたら桜花にいつも叩かれてんじゃないの~?」
「叩いたりしないよ。はじめて会った人に、頭を撫でられるのは得意じゃないだけ。犬はそんなもんだよ」
「あっそう」
美南は立ち上がり、居間から書斎に勝手に入ると本棚を品定めしだした。
「相変わらず、読書してるの?」
「そうね」
「読書が好きだったよね。桜花も、春人(はると)も」
春人というのは、わたしの亡くなった夫。美南と春人は幼馴染で、兄妹の様に育ったと聞いている。
「春人の本、まだ保管してるんだ?」
「同じ趣味だから、捨てられなくて」
「小説も多いけど、圧倒的に歴史書が多いよね、この本棚」
美南は本棚から、春人が所有していた本の上の部分を指先で引き出し、押し戻し、また見つけては、引き出し、押し戻すを繰り返した。本が傷みそうで嫌だったが、言えば角が立つので黙って見ていた。
「お茶でも飲む」
わたしが言うと、美南は可愛らしく微笑んだ。
「このソファー、気持ちいいよね。高いでしょう?」
「そう、ね。わたしの買い物の中では高かったかな」
「ふーん」
ソファーの真ん中に美南が座るので、わたしは床に座布団を敷いて座った。
「ここに座ればいいのに?」
美南がソファーをとんとんと掌で叩く。
「ソーシャルディスタンスよ」
そう言いながら、わたしは紅茶をひと口飲んだ。
「ソーシャルディスタンスなんて嘘ばっかり」
「えっ?」
「本当は、わたしの隣に座りたくないんでしょう」
いつもの事だが、美南は男でも誘うような目つきでわたしを斜めに見た。
「そっ、そんなことないよ」
正解だった。「桜花はパーソナルスペースが狭い」と、生前、春人に指摘されたことがある。かといって、南美のことを嫌いな訳ではないが、そんなに得意な女性ではないのは確かだった。
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