第22話 緊急事態宣言下の旅行

4月、あれから半月が経過したが、警察からの連絡はなかった。

智美の死因が自殺なのか、それとも第三者が関与しているのか気にはなったが、あまり考えない様にしている。この先、順調に過ごせると信じていた晋之介との新天地での生活に暗雲が差した。人との関わりを持つということは、こういうことなのだ。この件でいま一度身に染みて感じる。

「春が終わると、毛虫の季節だね晋之介」

桜の花は殆ど散ってしまった。地面に舞い落ちた桜絨毯の上で遊ぶのを晋之介は好んだ。久しぶりに、あの公園に来ている。以前とは公園の色合いが違い、全く別の印象を持ち、それが心を慰めた。

「晋之介、そろそろ帰ろうか?」

午後5時の報せの音楽が街に響いている。悲しいメロディーだが、春人の好きだった曲だ。ふと見ると、晋之介も目を閉じ、音楽に耳を傾けているようだった。


5月、春の日差しがまばゆかった。新緑に彩られた街並みは、きらきらと光りをこぼし、道行く人の足取りを緩めた。頬や首筋にさわる風のやわらかさに、なぜだろう、どこか懐かしさを感じる。待ちわびた夏の訪れだ。

緊急事態宣言が発出されたが、この時期の清々しさを感じずに家に閉じこもれと言うのには無理がある。もう殆どの人が、政治を信用していない。

「東京都民には責任がある。あのような知事を選んでしまったのだから。しかし他府県までも、あの知事に見習うことになろうとは、都民として幾ばくかの責任を感じる」と昨夜、中華居酒屋の店主が嘆いていた。都心に店舗を数件抱え、補助金では到底やりくりが出来ないので、要請を無視し通常営業を続けているが、都からは再三に渡る勧告を受けているという。いったい国も都も、いつまで国民に我慢を強いるのだろうか。

「困ったもんだね」

笑顔で歩く晋之介を見ながら歩いていたら、街路樹の葉っぱが頭をかすった。わたしは指先で若葉にふれ、匂いをかぐ仕草をした。青臭い香りがした。

「このままだといつまでも緊急事態宣言は終わりそうにないし、その前に思い切って旅行に出ようか」

きょうと明日は休みだ。急な思いつきに素早くスマホを開いて、天気予報を見た。晴天だった。行き先は脳内に描かれている。

京都、また京都に行く。

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