第5話 お風呂大戦争

旅先での温泉は旅の醍醐味といっていい。

しかし今回の旅には晋之介がいる。気の弱い彼を、知らない町の知らない部屋に、長い時間ほおって置くのは気が重い。そこでわたしは考えた。洗い場5分、内風呂5分、露天風呂5分、ドライヤー5分。移動距離を含めて25分以内で済ます。

その作戦のお陰で、晋之介の放置時間は短縮できたが、肩下10センチはある長髪のわたしの髪の毛は半渇きでグシャグシャ。その上、温泉は混んでいて、優雅さなの欠片も体験できなかった。

「お土産買いたいなあ」

館内のお土産屋さんの前を通っていた。その付近で浴衣姿のお客さんが抱っこしているのは、トイプードル、チワワ、ミニチュアダックスに限る。まさか、16キロ近い柴犬を抱いている飼い主なんて他にない。風呂上りのわたしは館内の土産物屋を横目で流しながら部屋へと急いだ。

「ただいま~」

旅の疲れもあってか、晋之介はおとなしく寝ていたみたいだ。

ゆっくり顔を上げ、申し訳程度に寄って来た。

「もうすぐご飯が来るからね。晋之介の特別食もあるんだよ」

晋之介の顔を両手で挟み、モミモミしてから畳の上に敷かれた布団に横になった。エアコンは弱に設定してある。ベランダの窓も、晋之介の転落事故に繋がらない様に閉め切っていた。

「ご飯、なにかな?」

そんなことを思いながら、睡魔に襲われたわたしは、畳の上で心地よく寝てしまった。

数分後、人の声の現実と、夢が混じり、変な短編小説の様な夢を見た。ふと目を開けると、いつもの部屋と違う景色。これは・・・

慌てて起き上がり、部屋の扉を開けた。鍵も掛けてない。仲居さんが、申し訳なさそうに顔を覗かせた。申し訳ないのは、わたしの方だ。

ばたばたとした中で夕食が運ばれた。近江牛A5ランクのすき焼きには、なんとも立派な松茸入が添えられている。

「こんなの生まれてはじめて」

その他、鮎鮨や琵琶マスのお刺身などなど、相当豪華な夕食に、晋之介のヴィーガン食が並んだ。

「ステキな夜になったね、晋之介」

わたしたちは琵琶湖の対岸の景色を眺めながら、夕食を満喫したのであった。

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