第49話 立ちふさがるは狂花と狂竜

 「小僧!エーテルと弾薬補充もうすぐ終わっるぞ!」

 増援が来たことにより幾分かの余裕ができ最終突撃をする前にエーデルワイスにてMTの補給を行いその間に水分を滝のように飲み干していたユーリにおやっさんから声が掛けられる。

 ユーリはコクリと頷くと飲み物が入っていた容器をゴミとして捨て、肩を回しながら自分の愛機に近づく。

 「小僧、一つ年寄りの勘だが忠告しとくぞ。」

 ユーリが近づいた所でおやっさんはこっそりと耳打ちをしてきた。

 「他のヤツらにも言ったが、ワシが感じた限りでは戦場はまだ嫌な空気がしとる。何があっても気を引き締める事じゃな。まあメカニックの言うことじゃから話半分でもいいがな。」

 「いや、忠告ありがとう。おやっさん。」

 実の所おやっさんが言う嫌な空気はユーリも感じていた。

 それが何なのかはハッキリとはしないが誰かに言われるまでもなく油断をする気は無かった。

 「そういえばパメラは?さっきから姿が見えないけど。」

 格納庫内でメカニック皆が忙しなく動いているが一番働き者で真面目なパメラの姿は見えなかった。

 ユーリが聞くとおやっさんは顔を少し伏せながら答える。

 「…あいつなら医務室じゃ。」

 「!おやっさん、まさか。」

 戦闘をしている以上命の危険があるのはパイロットだけではない。

 最悪の予想をするユーリの様子におやっさんは無理やりに作ったような笑みを向ける。

 「安心せい、物が頭に落ちて少し血が出ただけじゃ。意識もちゃんとあったぞ。まあ、パメラ自身はそれでも仕事する気じゃたがワシが無理やり押し込んでやった。」

 ガハハと笑うおやっさんの声にも力はあまり無い。

 やはり口ではどう言おうと血を分けた家族は心配なんだろう。

 「ああ、それからパメラから小僧に伝言じゃ。」

 「ティナやドロシーじゃ無くて俺に?」

 「うむ、ただ一言『死なないでください』だと。」

 「…じゃこう伝えておいてくれ、『こんな所で死ぬ気は無いから安心して治療受けとけ。』て。」

 「フン、愛想のない。じゃが了解じゃ。」

 「少尉!おやっさん!補給終わりました!」

 他のメカニックからの声に反応して振り向くとユーリのファフニールに付いていたケーブルやなんやらが取り外されていく。

 「小僧!」

 再び乗り込むためにコックピットに向かうユーリにおやっさんが声を掛ける。

 ユーリが振り向くとそこには厳しいメカニックではなく戦場に向かく者を心配する一人の年寄りであった。

 「…ワシからも言う。死ぬなよ。」

 「…当然!」

 自分が出来る限りの笑顔でそれだけ言うとユーリは再び戦場に戻った。


 ドラクル小隊が再び戦場に戻るとそこは混乱の様子であった。

 エリアAAAに駐屯していたセリオンの部隊は確かにそれなりの数であったがその中には無理やり従わされていた者たちもいた。

 そしてセリオンに対して反抗している部隊を見てこちら側につく者の働きによりクーデターの部隊は士気が低くなっていた。

 《アカバ少尉、何隊かが既にAAAの中心部まで突破している模様です!》

 「隊長!私たちも早く向かった方が…!」

 オリビアの通信を聞きティナが進言する。

 ユーリもその意見に反論は無く通信の画像越しではあるが他のメンバーも異論はなさそうだ。

 「ああ、このまま進撃を。」

 「待ってください!レーダーに一機すごい速度でこちらに突進してくるMT反応があります!」

 ドロシーが珍しく慌てたように言う。

 そしてユーリのファフニールのレーダーにもようやく反応が出た。

 確かに通常のMTより速いスピードでこちらに近づいて来るようだ。

 《少尉、MTあと十秒で目視範囲に入ります。》

 アイギスの言葉を理解し終えるぐらいにそれはやって来た。

 「ファフニール!!」

 そうそれは多少の差異があれどユーリたちが乗っているMTであるファフニールそのものであった。

 全身が黒く塗られ名前の由来となった邪竜そのものといった雰囲気であるがそれよりも小隊メンバーは他の事に注目していた。

 「おい、あの武器すげぇ見覚えがあんだけど。」

 そうアドルファスが言った武器に皆注目していた。

 チェーンソー機構を搭載している大剣。

 他に得物として使用している人間もいるかも知れないが少なくとも小隊共通であの武器を得物としているのは一人しかいない。

 「ブラッディ・カーミラ…!」

 テリーが苦虫を嚙みしめたようにその名前を言う。

 そうなんの縁か二度戦い、一度は助けられた事もある凄腕の傭兵カーミラ・エッツオ。

 二つ名はブラッディ・カーミラ、少なくともこんな所では敵に回したくない人物である。

 「皆さん、お久しぶりね。元気そうね。」

 「ああ、お前の声を聴く前はそうだったよ。」

 小隊メンバー全員に通信を開くが反応したのはユーリだけである。

 他はいつ向こうが動いてもいいように気を張っていた。

 「随分ね、私の王子様は。」

 「勝手に王子様あつかいするな変態。そこをどけ邪魔だ。」

 「あら、他にも聞きたいことあるんじゃないの?何故ここにいるかとかこのMTのこととか…ね。」

 カーミラはユーリ以外眼中にないように会話を楽しんでいるようだ。

 一方対するユーリは不機嫌極まりない顔で答える。

 「ハァ、聞くまでもないだろう。エリンで機体を受け取れと言ったのは俺だろが。MTを受け取るのと仕事を受けたのとどっちが先かは知らないがな。」

 「フーーン、思っていたよりは冷静みたいね。それとも相方のAIちゃんの影響かしら?」

 「っ!…どういう意味だ。」

 「誤魔化しは要らないわよ。依頼主にいろいろ聞かされたもの。」

 (国家機密を傭兵相手にペラペラ話すなよ!)

 ユーリは心の中でのセリオンへの怒りが増すのを感じながらも何とか冷静に対処する。

 「…それで俺に失望でもしたか?こっちとしてはそれでもいいが。」

 「いいえ。別にどっちでもいいわよそんなこと。」

 そう言うとカーミラはゆっくりと大剣をユーリへと向ける。

 「この戦いが何であろうと貴方が何処に所属しているかも関係ない。大事なのはカサンドラの英雄、ユーリ・アカバは私が全力で味わうに相応しい相手であることその一点だけよ。」

 どこまでもユーリを真っ直ぐに見るカーミラを見て戦闘は避けられないのを察す小隊メンバー。

 「ついでと言ってはなんだけど。…あの最後の条件、ここで果たしてもらってもいいかしら。」

 「…いいのか?」

 「ええ、別に細かいことは依頼内容に入ってはいないしね。」

 カーミラが呆れたように言ってからしばらくの沈黙の後、ユーリは言った。

 「テリー、他の奴連れて先行け。仮リーダーはお前な。」

 「隊長!?」

 アドルファスから驚きの声が上がるが他の三人はすぐに了解の意思を見せる。

 「行くよコックス曹長、折角見逃して貰えるというのだから。」

 ここまでテリーに言われてアドルファスにもようやく理解が出来た。

 そうしてユーリ機を残した小隊はカーミラのファフニールを横切りAAAの中心部へと向かった。

 「さ、て、と。」

 ユーリは静かにされど闘志を燃やしてビームサーベルを二刀を両手でそれぞれ構える。

 「アイギス、全力でサポートよろしく。」

 《了解、当AIの全てで支援します。》

 「じゃそろそろ始めましょうか。最後のデ・エ・ト。」

 カーミラもチェーンソー機構を展開し辺りに轟音が響く。

 そしてどちらともなく機体を走らせ二機がぶつかり合った。


 「隊長、大丈夫かな。」

 一方エリンを目指すユーリを除くドラクル小隊ではティナがユーリの心配をしていた。

 「僕たちがいても邪魔にしかならないよ。」

 テリーが卑下するような事を言うがそれに反論する気はティナにも無かった。

 悔しい事実ではあるがユーリ以外ではあのカーミラを止めることは出来ないであろう。

 ティナもそれが分かっているからこそ心配をするしかないのだが。

 「まあ隊長なら何とかすんだろ。俺たちはさっさとセリオンの野郎をとっ捕まえてこんな戦い終わらせようぜ。」

 「…おかしい。」

 アドルファスの言葉にティナとテリーが肯定しようとするとドロシーが疑問を呈する。

 「なんだよ、なんも可笑しいこと言ってねぇだろ。」

 「違う、そっちじゃない。」

 「どうかしたの、ドロシーさん。」

 どうも様子のおかしいドロシーにティナが問いかける。

 「どうもこうも、もうAAAの中心部を超えるのに友軍の反応どころか敵機の反応すらない。」

 「「「!!」」」

 確かにユーリの事に集中しすぎて意識していなかったが友軍と合流するために中心部に向かっていたのにその友軍どころか敵機も会敵しないのは流石に可笑しすぎる。

 「エーデルワイスとの通信は!?」

 「駄目!何かしらのジャミングしてるみたいでどことも繋がらない!」

 「おいワグナー!本当に何も引っかからないのか?」

 「ええ、レーダーを最大にしても掛からないわ。」

 冷静に状況を把握しようとする四人であるが情報が少なすぎる為多少の混乱は押さえられなかった。

 …だから

 「ん?」

 今から起きたことは

 「!っアドルファス!!」

 奇跡であり

 「痛っ!何しやが」

 ある意味必然であったのであろう。

 「…テリー?」

 気づけばテリーのファフニールは盾が割れており下半身部が消えていた。

 そしてアドルファスの問いかけに答えず地面に落下していく。

 「おい!?」

 なんとか落下していく機体をアドルファスのMTが支えるが未だテリーの返答は未だ無かった。

 「…コックス曹長。早くトンプソン曹長を安全な所に。これは一筋縄ではいかなそうだから。」

 「これって何言って…は?」

 思わずアドルファスは声を失ってしまう。

 先ほどまで何も居なかったはずの前方には壁があった。

 否、壁と表するには語弊がある。

 それはMTであった。

 それが巨大すぎて壁に見えただけだった。

 そしてその異姿は。

 「これって…恐、竜?」

 そうティナが呟いたようにかつて人間が誕生する前に地上を闊歩していた恐竜に酷似していた。

 その両手が光を纏いだした。

 「っ!危ない!」

 小隊メンバーはその光に包まれようとしていた。

 

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