第77話 始まりの日

 ユースティア四世を含めた四人での会食の次の日。

 ユースティア王国、王都エリンの王宮前の広場。

 そこには多くの人が集まっていた。

 王都であるが故に普段から多くの人が集まっているが今回はその比では無い。

 人が集まり過ぎて歩けなくなるほど密集しており警邏隊だけでなく軍人も整備に駆り出されている。

 そしてこの人だかりには普段とは違う点がもう一つある。

 それは他国に所属している人間が多くいるという点である。

 ユースティア国民は勿論であるがガスア帝国民以外にも多くの国からこの場に集結している。

 皆この日に行われる行事に不安と期待を抱いていている事が表情から伺える。

 多くの人にとって今日というこの日は、ある終わりであり始まりでもあるのである。

 そして一瞬にして広場に集まった民衆が沸き上がる。

 広場から見上げた位置にある王宮にある二人の人物が現れたからである。

 その人物はこのユースティア王国のトップ、王であるアリアドス・ユースティア四世。

 もう一人はそのユースティア王国と対をなす大国であるガスア帝国。

 その帝であるクシュナール・ガインである。

 その二人の後ろにはユースティアとガスア、それぞれの旗が掲げられおり天高くなびいている。

 二人はしばらく民衆に対し手を振っていたが民衆が落ち着き始めるとまずユースティア四世が語り始める。

 「まず何より先に礼を言いたい。今日という日を迎えられたのは一重にここに居るだけでなく世界に多くいるあの日を共に戦った勇士たちのお陰である。」

 そう言いながら頭を下げる四世に続きガイン帝が話を始める。

 「それと同時に我々は多くの物を、そして多くの人を失ってしまった。」

 ガイン帝がそう言い終わると広場の声が静かになる。

 「今この場いる者の中には身内が、或いは親しき人が戦い亡くなったという者もいるであろう。」

 その広場の状況を見ながらも四世は力強く語る。

 「そして我々は協議しあった。あの時ユースティア王国をガスア帝国が力で征服するのは簡単であった。」

 「しかしその果てに待っているのは人心を無くした哀れな大国である。その様な国は速かれ遅かれ滅ぶが定めである。諸君はその様な国で満足か?いや望むのは長く、そして平和な国であるはずだ。」

 ガスア帝の言葉に多くの民衆が頷く。

 二人はその様子を見ながら声を張り上げる。

 「「旗を降ろせ!!」」

 そう命じる声に合わせ両国の旗が降ろされていく。

 「今!この場を持って余、いや私アリアドス・ユースティア四世はその王位を捨てユースティア王国は滅ぶ!!」

 「そして!同じくクシュナ―ル・ガインはその帝位を降り!ガスア帝国は過去の物となる!」

 二人がそう言うと会場が再び沸き立つ。

 中には嬉しいのか悲しいのか分からないが涙を流す者もいる。

 「「旗を上げよ!!」」

 そして新たに空にそよぐ旗はユースティア王国の物でもガスア帝国の物でもない、まして他の国の物でもない全く新しい旗であった。

 「今日というこの日をもって!新たなる我々の国『アステル共和国』の幕開けである!」

 「皆!新たなる国を!新たなる未来を!共に祝おうではないか!!」

 民衆の歓声が一つとなり地面が揺れるようであった。

 今日という日をもって二つの大国がその姿を消し、一つの超大国が生まれたのである。


 「ユースティアとガスアだけでなく大小様々な国が集まって出来る共和国。そんな国が出来るなんてな。」

 式典が終わり街は騒がしくお祭り騒ぎである。

 今までいがみ合っていた国の人間同士が今では肩に手を組みながら酒を飲み笑いあっている。

 そのような風景がエリン各地で見られていた。

 そしてその様子をとある飲食店で酒を飲みながらユーリ・アカバは見ていた。

 そのユーリに付き合って酒でなく水を飲んでいるのは彼を再び戦場へと立たせた人物、スコット・F・オーウェンであった。

 「それも一人の君主が治めるのでは無く複数の議員によって国の方針を決めるとはな、お陰で随分と慌ただしかったが。」

 そう言ってスコットは水を流し込む。

 本来なら酒を飲みたい所であるが明日からの事を考えればあまり酔う訳にはいかなかった。

 そんなスコットをジト目で見ながらユーリはスコット不満そうに言う。

 「よく言うよ、ちゃっかり自分は軍を抜けてその議員になっているんだからな。」

 「…まぁ、いろいろとな。」

 二人の間に沈黙が流れ聞こえてくるのは周りの騒ぎ声のみである。

 「…議員といえばフリーゼンの姫様、議員になるんだって?」

 「ああ、未だに恨みは消えて無さそうだが新たなる国の政治に意欲は十分の様であったぞ。」

 かつてガスアに国を滅ぼされ必死にユースティアに逃げて来た悲運の王女。

 そんな彼女も恨みは抱えたままだが前を向き自分なりに頑張ろうとしている。

 「意欲といえばハミルトンくんは目に見えて頑張っているな。」

 「ああ、今日も警邏隊の増員に勇んで志願していったよ。…ドラクル小隊もついに二人になってしまったしな。」

 テリーは二年前に亡くなり補充要員であったマイケルも事変後正式に死亡が確認された。

 ドロシーは事変中に戦死し、アドルファスは生き残ったが軍を退役し新たな道を歩みだした。

 「無理しているようなら止めるが…今の所そんな気配も無いしな。まあ本当に駄目そうなら殴ってでも止めるさ。」

 「ふっ、そうだなそうしてやれ。ああそれとは別におやっさん…バーナード・ヴァン・ボルク技術主任の事だが。」

 「…パメラから聞いたよ。現役を退いて後進の育成に力を入れる気らしいな。」

 ある日突然パメラが泣きながら入院中の病室に入って来た時は何事かと思ったとユーリは半笑いをしながら思い出す。

 その後病室だというのに酒盛りを始めたパメラは。

 「一生現役って言ってたくせに!」

 「嘘つきメカニック!」

 など永遠と愚痴を言いながら最終的には看護師に引きずり出されたのであった。

 その後どのような話し合いが行われたかは知らないが受け入れたことを謝罪と共にパメラから聞いた。

 「おやっさんもあの戦いで色々と思う所があったらしい。」

 「だろうな。でなきゃあのおやっさんが現役を退くとは思えない。」

 「だな。」

 実際何を思ったかは知らない二人であるが本人が知らせない以上、二人が出来る事はこれからのおやっさんの人生を祈るのみである。

 「…。」

 「…。」

 再び二人の合間に沈黙が降りる。

 ユーリは単に話す事が無いのであるがスコットは話ずらそうに何かを言いたげである。

 「本当に…良かったのか?」

 「?何が。」

 心底分からないといった顔で聞くユーリに対しスコットはどこか暗い。

 「軍に残る事についてだ。」

 「…あぁ。」

 スコットはてっきりユーリはアドルファスと同じく軍を退役するものだと思っていた。

 (…あの時と同じように。)

 だが実際は彼は軍に残る決意をした。

 今後どのような階級になるかは不明であるが少なくとも今の階級よりは上であろう。

 「退役するなら今からでも遅くはないぞアカバ。」

 「その気は無いよオーウェン議員。」

 そう言うユーリの目には確かな決意があった。

 「いや確かにこれから増えてく仕事やめんどくさい英雄の肩書とか考えただけで嫌になるけれどさ。」

 そう言いながらユーリは外を見る。

 そこには今まで交流したことない者同士が仲良く今日という日を祝っている。

 「ああいうのを見てるとさ、MTを乗るぐらいしか能の無い俺でも少しは平和とやらに一役買えるのならそう悪い気分でもない…そう思っただけさ。」

 「…そうか…そうか。」

 ユーリは自虐的な人間である。

 それをスコットはよく知っている。

 だからこのユーリの言葉には驚き、同時に子どもが成長したような謎の感動も感じていた。

 スコットは残っていたグラスの水を飲み干し席を立つ。

 「それではそろそろお暇させてもらう。」

 (これ以上会話していると涙を見せそうだ。)

 「ああ、それじゃまた何処かでスコット・F・オーウェン議員。」

 「ああ、またなユーリ・アカバ。」

 そう言ってユーリとスコットは分かれた。

 一人になったユーリは静かに外を見る。

 これからの未来を想像し笑顔でいる人々。

 それを守るために必死になっている人々。

 それらを見守るように青々とした空。

 それらを見てユーリは一言呟く。

 「あぁ、いい一日だ。」

 そう言いながらユーリは静かに今日という日を祝った。







 グルル…。

 グルルルルルルルルル…

 何処かで獣の鳴き声が聞こえる。

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