第76話 最後の日

 ユースティアの王都、エリンに雪が降る。

 もう少しすれば新たな年を迎えるとあって街は活気が溢れている。

 その様な中でとあるレストランの前で一人でポツンと待ち人が来るのを待っている人物がいた。

 「遅いですね…。」

 その名はアヤ・アルヴィー、AIメシアによる大規模な人類に対する反乱。

 今ではメシア事変と呼ばれる事態において多大なる功績を上げた人物である。

 本来ならば遅刻など許さない性格であるアヤであるが待ち合わせの人間の事情を考えれば仕方がないと思う部分もある。

 しかしながら時間は有限である。

 このまま来なければ予定の時間が過ぎてしまう。

 「先に事情を説明しておくべきでしょうか。」

 そうアヤが悩みだしてすぐであった。

 待ち合わせの人物が目の端で捉えたのは。

 「すまん、遅くなった。」

 そう話しかけて来た人物はアヤと同じくメシア事変において多大なる功績を上げたユーリ・アカバであった。

 「…ギリギリ時間内ですから特に何も言いませんが軍務ではこういった事は許されませんよ。」

 「悪かったって、こっちも時間に余裕を持たせようとしたんだが三カ月ぶりの外で傷が痛んで…なぁ。」

 「だったら連絡の一つも入れるのが礼節でしょう。報告・連絡・相談は軍人としてでなく大人として常識です。」

 「…はい。」

 アヤの言葉に何も言えなくなったのかバツが悪そうに肯定するユーリに対し彼女は掛けている眼鏡の位置を修正しながらため息を吐く。

 「…それよりも傷の具合はどうですか?先ほど痛むと言いましたが。」

 ユーリはメシア事変の際、発見された時大きな怪我を負っており発見されてから今までの三カ月間のほとんどを病院で過ごしていたのだ。

 「あぁ、少し痛むぐらいで問題はない。」

 「そうですか…。」

 こうして外に出てきている時点で大丈夫なのは理解出来てはいるがユーリ本人から問題ないと聞けて心の内で安心するアヤ。

 「そんなに嬉しく思ってくれるか。」

 「別にそう言う訳ではありませんが。」

 「口が綻んでいたぞ。」

 そう言われてアヤは思わず口を抑え隠そうとする。

 だがユーリの顔を見てからかわれただけであると分かると彼を恨みがましく見る。

 「…時間もありませんこんな事よりも早く入りましょう。気を引き締めてください。」

 「まあそうだな。何せ今回は色っぽい事情じゃ無いんだからな。」

 

 そのレストランはユースティアでは名の知れた老舗である。

 時には王族がお忍びで来ることもあり警備も十二分に敷かれている。

 二人が店に入ると店は既に大勢の人が入っていた。

 様子を見ているとすぐにボーイが二人に近づいてきた。

 「いらっしゃいませお客様、ご予約の方は。」

 「スチュワードの名前で予約している者の連れなのですが。」

 そう言って二人はある物を見せるとボーイの表情が温和なものから変わっていく。

 「…少々お待ちくださいませ。」

 そう言うとボーイは二人が持っていたものを預かると奥の方に消えていった。

 しばらくアヤとユーリが他愛のない会話をしていると先ほどのボーイが急いだ様子で戻って来る。

 「お待たせいたしました。確認が取れましたので此方へ。」

 そう案内されるがままに歩いていると他の客から随分離れた所に連れていかれる。

 「こちらでございます。」

 そう言って案内された所は何もない袋小路であった。

 ボーイはそれ以上何も言わず預かっていた物を返すと去って行った。

 するとアヤとユーリはは行き止まりの壁をペタペタと触りだした。

 「!あったぞ。」

 そうユーリが触れた壁には無機質な壁に隠されていた認証装置があった。

 ユーリはボーイに見せていたものカードキーをその認証装置に差し込み事前に教えられていたパスコードを入れていく。

 すると無機質な壁がせり上がっていき、扉が現れる。

 そしてアヤがノックをして既に待っているであろうある二人の在室を確認する。

 扉の中から入っても良いとの返事が返ってきたので二人は扉を開けて入室する。

 入室するとそこには長いテーブルが鎮座しておいた。

 広い間取りの筈であるが窓などは一切なく扉も先ほど入ってきたものと恐らく従業員が出入りするものの二つのみの様で随分と狭く感じる。

 そして二人をワインを飲みながら待っていた別の二人に対しアヤとユーリは敬礼をする。

 「本日はお招きを頂きありがとうございます。」

 「アルヴィーくん、そう緊張せず本日は堅苦しい場ではないのだから。」

 待っていたうちの一人はスコット・F・オーウェン、そしてアヤに朗らかに話しかけたのはこの国のトップ。

 アリアドス・ユースティア四世その人であった。


 ーメシア事変に関しての情報共有を限られた者で行う。

 その通達に従いこのレストランにやってきた二人を四世は朗らかに迎え入れる。

 「まずは礼を言おう。余の急な申し入れに対しこうして集まってくれた事を。」

 「いえ、ですが四世様。何故この三人のみなのでしょうか。」

 中将であるスコットはともかくアヤとユーリは将軍職には就いてはおらず国の大事を語り合うにはそぐわないであろう。

 「うむ。それは、余が最もメシア事変において重要な役割を果たしたと思える三人である。と判断したからである。」

 そう言うと四世はゆっくりと三人を見回す。

 「作戦を立案し被害を最小限に留めたアヤ・アルヴィー少佐、決死の作戦を達成し生き残ったユーリ・アカバ中尉、…それにこの事件の黒幕を暴き出し闇に屠むったスコット・F・オーウェン中将。」

 事件の黒幕と聞いてその事実を知らないアヤとユーリは眉を顰める。

 すると規則正しいノックの音が聞こえると扉が開き料理が運ばれてくる。

 従業員は料理をサッと運ぶとそのまま扉の奥に消えていった。

 「さて、料理も来たことであるしそれぞれの起こったことを整理しよう。料理を楽しみながら。」

 こうして四人での会食が始まったのである。


 「なるほど、今回の事はアームストロング博士が仕組んだのですね。」

 「…。」

 スコットから伝えられた事実に対しアヤは淡々と受け止めていたがユーリは複雑な顔をしていた。

 「…今回の事はユーリ、お前に伝えるかどうかは悩んだ。だがメシアの最後を知る者としてアームストロングの事も知らせた方が良いと思ったのだ。」

 スコットがそう言うとユーリはため息を吐きながらも答える。

 「別に俺は何も、ただ一回会っただけだし。ただアイギスが…な。曲がりなりにも生みの親な訳だし事実を知ったらどう反応するか。…ああそういえば。」

 そう言うとユーリは席を立ち四世に向かい深々と頭を下げる。

 「四世様、今回のAI-GIS-01に関する寛大なご采配ありがとうございました。」

 今回のメシア事変においてAIに対する不信感は高まった。

 特に上層部ではアイギスを解体すべきとの声が上がっていた。

 だが四世はそれを一蹴し、アイギスはその存在を許されたのである。

 「構わん、罪を犯していないのに罰すると言うのは道理に合わん。それが良き心を持っているならなおさらである。」

 ユーリはもう一度深く頭を下げると席に戻る。

 「さて伝えるべき事は終わった。だがアカバ中尉。余は貴殿に聞きたい事がある。」

 「?何でありましょうか。」

 「AIメシア…貴殿の目から見てどう見えた?直接会話した貴殿に聞きたい。」

 「…。」

 突如として聞かれた問いにユーリはすぐには答えなかった。

 硬直するユーリを心配そうに見るアヤとスコット。

 「恐れず言わしてもらえば、やり方はともかくメシア以上に人間の事を考えている人はいないでしょう。それと同時に哀れにも感じます。」

 「その心は?」

 「奴にはそれしか無かった、仕込まれた思考だけではなく自分で考えて行動を起こした。…人類を守る為に。あれが心を持っていなかったらこちらも何も思わなかったでしょうが。」

 「…うむ。」

 ユーリの答えに対し四世は納得したような、していない様な声を上げた。

 「飽くまで自分の感想ですが…。」

 「いや、良い。此度の事件の三人の英雄の内一人の言葉である。きっと正しいのであろう。」

 「…恐れながら、私の中で英雄は三人ではありません。」

 「ん?」

 「あの日、死んだ者を含め人類を守るために起ちあがった全ての者。その全てが英雄であると自分は思います。無論戦う道を選んだ四世様あなたもです。」

 そうユーリが言うと四世はしばらくポカンとしていたがその後、大爆笑が場を包む。

 「うむ、そうであるな。あの時、誰もがたしかに英雄であった。余が間違っていた。」

 「四世様、そろそろお時間が。」

 「うむ、時が経つのは速きものよ。」

 四世は名残惜しそうにそう言うと扉の方へ向かって行く。

 そうして最後の言葉を三人に向かって放つ。


 「ユースティア最後の日に諸君らと語り合えた事、嬉しく思う。では国王として最後の仕事をこなすとしよう。」


 明日、ユースティア王国は無くなる。

 

 

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