第82話 AI《アイギス》が得たもの

 「アイギスの機能拡張?…疑って悪いけどそんなこと出来るのか?」

 アーニャから言われた新兵器シルフィードを使う前提として出された条件にユーリは疑いの言葉を口に出す。

 以前アイギスに興味を持ったメカニックがアイギスを弄ろうとしてその複雑さに頭を悩ませたという事があって以来簡易的な整備しか出来なかったという出来事があった。

 認めたくはないが性格はアレでもアームストロングはその才能は間違いが無かったのである。

 そのような事を考えているとユーリの考えを呼んだのかパメラは微笑みながら力強く肯定する。

 「その質問の答えはYesです。アームストロング氏の技術は既にこの時代では常識です。」

 「その前に何故アイギスのアップデートが必要なのか、説明させてもらうわ。」

 そう言ってアーニャはシルフィードの更に細かい資料を出し説明しだす。

 「シルフィードの一機づつにそれぞれAIが搭載されているのは説明したわね。そのAI達は勿論独自の判断で動くことも出来る。けど細かい動きを指示したい時などは指揮系統が必要になってくる。けれどあなたがシルフィードを使用するとするならば脳波を使う。ならどうしても意識を向けざるをえない。」

 「…だろうな。」

 専門的な事は分からないが同時に8機のMTを動かすと考えれば本体であるプロメテウスの動きは制限されるだろう事はユーリにも分かる。

 ユーリが大まかにでも納得したところでパメラが話を続ける。

 「そこでアイギスの機能を拡張し8つのシルフィードを同時にコントロールをしても問題が無いほどの情報処理能力を拡張します。それにこれから護衛も必要になるでしょうからそれに必要なプログラムも。」

 「?いや、護衛って言ってもコックピット内で襲われる事なんて。」

 「パメラさんが言っているのはコックピット外の事よ。」

 「いやいや、それこそ無理だろ。アイギスはAIな訳だし。」

 そうユーリが言うとアーニャとパメラは示し合わせたように笑い出した。

 「???」

 混乱するユーリを横目に先に笑いが収まったパメラが説明をする。

 「ごめんなさい、笑うつもりは無かったんですけど。リアクションが予想通り過ぎてつい…。その答えはこちらにあります。」

 そうパメラが言うとどこに隠れていたのかメカニックらしき服を着た二人が何やら大きな横倒しにした筒のような装置を持ってきた。

 そして持ってきた装置にパメラはパスワードを打ち込み指紋を認証させる。

 すると筒が開き中の物がお披露目になる。

 「…人?」

 そう中から出てきたのは人、若い金髪女性のように見えた。

 ユーリが思わず呟いた反応に二人は笑みを浮かべながらその人らしきものを触りながら説明する。

 「そう見えたのなら苦労したかいがあります。…実はこれはMTなんです。」

 「は?そんな訳…。」

 そう言いながらユーリもそれの頬に手を当てる。

 確かに冷たいがそれでも鉄のような硬さは無かった。

 「パメラさんが言っている事は本当よ、現世界でも最小サイズのMT『ドール』。名前の由来は言わなくても分かるでしょ?」

 「…本当なのか。」

 正直説明されても未だ触った頬から伝わる柔らかさがユーリの納得を妨げる。

 「はい、皮膚に当たる部分は特殊な素材を使い極めて人間に見えるのを目標に作り上げました。その方が護衛もしやすいでしょうし。でも間違いなくMTですよホラ。」

 そう言ってパメラはドールと呼ばれたものの足を外してみせる。

 一瞬分かっていても驚くユーリであるが、確かに見てみれば様々なパーツで構成された体であることが理解できる。

 「つまりはこのドールとやらにアイギスを搭載するのか?」

 「厳密には違います。」

 とパメラはドールの足を繋げながらユーリの発言を軽く否定する。

 「アイギスの本体はあくまでプロメテウスの中です。ただし必要に応じて思考プログラムをドールに移し行動が出来るようにするのです。」

 「なるほどね、どうだアイギス。自由に動ける体ができる気分は?」

 《…。》

 「アイギス?」

 通信機にてアイギスに話しかけるユーリだが向こうからの返事がない。

 いや、考えてみれば先ほどから全く話しかけもしてこなかった。

 「アイギス?どうした返事をしろ!」

 《……ょうさ。》

 「!?どうした、何かあったか!?」

 ユーリの様子にただ事ではないのではないと察し、アーニャはパメラと兵士数人をファフニールに向かわせる。

 《申し…わ…あり……ん。》

 「アイギス?アイギス!?」

 ユーリがアイギスを呼ぶ声が空しく格納庫に響くのであった。


 「…どうやらホールを通り抜ける際、アイギスにも相当のダメージがあった模様です。」

 ユーリは会議室のような部屋で数時間待たされ、戻って来たパメラからアイギスの現状報告を受ける。

 「…そうか。」

 「…パメラさん。アイギスのプロメテウスへの移し替えに問題は?もしあるのであれば。」

 「いえ、演算機能などといった部分には損傷は見られません。ただ…。」

 「ただ?」

 パメラは横目でユーリを見る。

 「…気にしないで言ってくれ。ただ、何なんだ。」

 「…ただ移し替える際、思考プログラムと記録領域に問題が生じる可能性があります。悪ければ記録が全て飛ぶ可能性も…。」

 「そう…。」

 そうアーニャが言ったのち誰も口を開こうとしない。

 そうした時間が何秒、何分、何十分経ったか分からないがようやくユーリが口を開く。

 「確率は…、どの程度なんだ。」

 「どうなのパメラさん?」

 「…現状不安定要素が多すぎてハッキリとは。」

 「どの程度なんだ。」

 「…かなり分が悪い、としか言いようがありません。」

 「…ユーリさん。」

 「移し替えてくれ。」

 「「え!?」」

 「アイギスをプロメテウスに移し替えてくれ。」

 ユーリの発言にアーニャとパメラはお互いの目を合わせる。

 「…無理しているようなら。」

 「そうじゃない、そうじゃないんだよフリーゼンさん。」

 「では何故。」

 パメラが恐る恐るといった様子で尋ねるのに対しユーリは堂々としていた。

 「あいつの、アイギスの事を考えた。今やすっかり人間らしくなっちまったあいつは、多分ここで自分のせいでプロメテウスの機能が落ちる事を許さないだろう。…だから頼む例えあいつが一度消えるとしても。」

 「「…」」

 パメラはアーニャの方を横目で見る。

 しばらく考えてる様子のアーニャであったがやがて深く頷く。

 それを見てパメラも覚悟を決める。

 「分かりました。これより三十分のちにAIアイギスをファフニールからプロメテウスへと移行します。ただ一つ憶えておいてください。私もそして他の者たちもアイギスの記憶をむざむざ消すつもりはありません。」

 そう言い残しパメラは会議室から消えていった。

 「…パメラさんは優秀よ。きっと成功するわよ。」

 「優秀なのは昔から知ってるよ。おやっさん、彼女の祖父がよく自慢してたからな。…でも何でもできるという訳じゃ無いだろう。」

 「…ええ、そうね。」

 「悪い、しばらく一人にしてくれ。」

 「…分かった。」

 そう言ってアーニャも会議室から出ていきこの空間にはユーリ一人となった。

 ユーリはただ黙ってただ時がくるのを待っていた。


 パメラが会議室から出て三時間、つまりは作業が始まって二時間半が経過しようとしていた。

 ユーリは会議室前で待っていたアーニャと合流して作業が行われている格納庫前で待っていた。

 「遅いな。」

 「膨大なデータを移行してるのだから時間はかかるものよ。」

 「そうだな。…なぁ一つ聞きそびれた事があったんだけど。」

 「何かしら。」

 「俺はいつ死んだんだ?」

 「…。」

 この時代にユーリ・アカバがいたならば必ず過去の自分と接触するだろうとユーリは思っている。

 他ならぬ自分の事だけに分かる。

 そして明らかにその話題を避けようとしている二人の様子を見ればユーリも察しがつく。

 「…D・Bの攻撃から逃げ遅れた兵士を庇って亡くなられました。立派な最後でしたよ。」

 「死んだのに立派も何もあるか、何が何でも生き残ってこそ一流だっておやっさんも言ってたよ。」

 「そういったものですかね。ですが、あなたの行為は今この場にいる兵士やメカニックたちの希望となりました。生きる事を諦めない、と。」

 「…そうかい。」

 「もしかして照れてます?」

 「…うっさい。」

 そう言ってユーリはそっぽを向いてしまった。

 その様子を見てアーニャはクスッと笑うのであった。


 その時は突然やってきた。

 アーニャとユーリが他愛のない会話をしていた時であった。

 格納庫の扉がゆっくりと開き始めやがてパメラと金髪の女性、いやドールが出てきた。

 二人はゆっくりとしたペースでアーニャとユーリの下に近づいて来る。

 やがてドールがユーリの目の前で立ち止まる。

 「「…。」」

 しばらくユーリとドールは黙ったまま見つめ合う。

 「…アイギス、か。」

 ユーリがやっと口を開く。

 「はい、少佐。いえ、せっかくなのでユーリと呼ばせて貰います。」

 「どこまで憶えてる?」

 「起動した日から移行される前までの事全てです。」

 「完全に成功しました。一切の破損も無く移行は完了です。」

 「よかったですね。ユーリさん。」

 「ああ、良かった。だが喜ぶ前にやらないといけない事がある。」

 そう言ってユーリはアイギスから少し距離を取る。

 「「「?」」」

 「よーしアイギス。あるかどうかは知らんが取り敢えず…歯ァ食いしばれ。」

 そう言ってユーリは全力でアイギスの頬をビンタした。

 「!?!?」

 「ユーリさん!?」

 「い、いきなり何を!?」

 いきなりの行動に三人が混乱する中ユーリはビンタした右手を擦っていた。

 「痛っっった!!やっぱり機械だな!今更納得した!」

 「ユーリ、何故この様な…。」

 「今のは心配させた罰だ。お前は長年の相棒がいきなり居なくなる気持ちを考えた事はあるか?これに懲りたら危険な時はちゃんと伝えろ。いいな。」

 「…了解しました、ユーリ。それから失礼します。」

 そう言うとアイギスはユーリに抱き着く。

 「??どうしたアイギス。」

 「いえ、これが人間の。あなたの温もりなのか、と。今まで近くにいたのに感じる事が出来ませんでしたから。」

 「…まぁそうだな。…いきなりビンタして悪かったな。」

 「ええ、痛かったです。」

 「痛覚があるのか?」

 「ええ、味覚以外は五感があります。」

 「それはなおさら悪かったな。」

 「いえ、この痛みも新しく得たものだと思えば嬉しいものです。」

 「そうか。」

 「ええ。」

 そう言いながら抱き合ってしばらく語り合った。

 その間にパメラはアーニャに話だした。

 「これで一先ず下準備は完了ですね。」

 「ええ、でも本当に準備だけよ本題はここからよ。」

 「ですね。」

 そう言うとアーニャは覚悟を決めた目でユーリとアイギスを見る。

 「パンドラの箱はすでに開きました。後は残った希望を送り届けるだけです。」

 その言葉にパメラは大きく頷く。

 「数日後、オペレーションパンドラを最終段階に移します。各員に通達を。」

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