第83話 背負いしモノの重さ
アイギスが動ける素体を得た翌日、ユーリはアーニャと共に基地内を歩いていた。
「で、フリーゼンさん?一体どこに向かって…。」
「まあまあ、もう少ししたら教えますから。」
と会話してからもう三十分が経とうとしていた。
歩かされるのはいいが意味も無く歩かされるのは勘弁してほしいとユーリが考えてた頃であった。
突如アーニャは振り返りユーリに問いかける。
「ところで、アイギスの調子は良さそうでしたか?」
「え!?あ、ああ見た限り問題は無さそうだったよ。」
現在アイギスは素体の一日経過状態をパメラに見てもらっている。
素体を得て人との接触が嬉しいのか昨日の晩は一日中顔などを触られまくっていたユーリとしては少しだけホッとしていたりする。
「何かしらやましい事があるなら先に言ってくださいね。祝いの席を用意しなければなりませんから。」
「ねぇよ!?」
揶揄われているのは分かっていたが思わず大きな声を出してしまったユーリを笑いながらアーニャは前に進む。
(…触られまくっていたのは別にやましい事ではない。…はず。)
と思いながら歩いて行くと少年兵とぶつかりそうになった。
「っ!すまない!!」
「い、いえ!?こちらこそ申し訳ありませんでした!?」
と若い兵は過剰なほど頭を下げ謝り倒す。
「あー、いや。こっちも考え事してたしそこまで謝る必要は…。」
「いえ!あなたは我々の希望ですから!何かあったら大変です!」
「希望…。」
「はい!」
「…。」
「?どうされましたか。やはりどこか…。」
「い、いや大丈夫。その期待に沿えるように頑張るよ。」
その後多少のやり取りをしてその兵は去って行った。
その後ろ姿を眺めるユーリに後ろから声が掛かる。
「レディをあまり待たせるものではありませんよ。」
「生憎とそういった教育は受けてこなかったもので。」
とユーリは振り向きながら声を掛けてきたアーニャの方に向く。
アーニャも本気では言っていないのかその顔には笑みが浮かんでいた。
が、急に顔を引き締め真剣な様子でユーリを見るアーニャ。
「…今の兵の話は別にあの者だけの意見ではありません。」
「え?」
急な話題変換について行けないユーリをおいていきアーニャはまた歩き始める。
「…。」
ユーリは黙ってアーニャの後を付いて行くが頭の中はある言葉を考えていた。
(希望…か。)
着いた先は一つの見張り台であった。
それまでの道中、二人は全く話さなかった。
気まずくなった訳では無いが何かを会話をしようとする雰囲気では無かったのである。
アーニャは先に見張り塔に入ると上に登り始めた。
それに連れられるようにユーリが歩いて行くとようやくアーニャが話を始める。
「ユーリさん。ここに来てもらったのはある風景を見てもらいたかったからです。」
「風景?」
「はい、これがそうです。」
登った先に見えた景色は一面の荒野であった。
草木一本も見当たらない全体がその土の色である。
「…これが今の世界の現状です。奴らにこの星の髄まで食べられたという絶望です。」
「…。」
改めて見てユーリはこれがこの世界の現状、そして自分たちの世界の未来の姿なのだと身震いがする。
「…次にこっちを見て下さい。」
アーニャはそう言って塔の反対側に回る。
「何が見えますか。」
「…人が見えるな。」
反対側は基地の様子がよく見えていた。
一人一人が目的を持って動いていており反対側の光景よりも生気があるのは確かだ。
「そうですね。先ほどのが絶望と言うなら、こちらは希望と言ったところでしょうね。」
「…で、これらを見せてあんたは何がしたいんだ。アーニャ・フリーゼン。」
ユーリが真剣な目でアーニャの後姿を見つめる。
「…それは簡単な事です。」
そう言ってこちらを向くアーニャの姿はまるで悪い事をして救いを求める子どものようであった。
「私はあなたに…ユーリ・アカバに懺悔を聞いて貰いたいのです。聞いて貰えますか。」
「…まるでこの世すべての罪を背負ったような顔だな。余計老けて見えるぞ。」
「本当に、背負えたら良かったのですけど。」
ユーリの言葉にも動じずアーニャの表情は変わらない。
「…私たちには希望が必要でした。あの絶望の風景をかき消す為の大きな希望が。」
「希望…。」
「ええ、そして希望としてユーリさん。あなたを選びました。」
「…。光栄、って言う所かここは。」
「いえ、むしろ私たちはあなたに謝らなければならない。」
「…何を?」
「あなたに背負わせてしまうからです。この場にいる三千人。そしてここにはいない一万人の希望を。」
「…そういった事は不本意ながら慣れているよ。それに俺が過去に帰った時点で未来も変わるんだろ。その時点で荷を降ろさせて貰うさ。」
「違う、違うんですよユーリさん。あなたが過去に帰ろうとこの世界は変わらないかも知れないんです。」
「…は!?」
アーニャの予想外な言葉に思わずユーリは驚く。
自分たちの未来を変えて欲しくてこの時代に呼ばれたと思っていたユーリはその言葉の意味を飲み込めなかった。
「…予測では次元とは木の枝のような物だそうです。例え良くするために枝を折ったとして新しく生えた枝は同じ木から生まれた物だろうと別の枝。折った枝は…折れたままなのです。」
「じゃあ、じゃあ何で俺をここに連れて来た。それじゃあ意味が!」
「…ことの元凶はD・Bです。奴らを滅ぼして平和になる世界。…そんな世界が一つぐらい有ってもいいと思いまして、ね。」
「その事、ここで働いている連中は。」
「勿論、一人残らず知らせています。賛成出来なかった方々は今頃自らを冷凍保存しているでしょうが。」
「…っ!」
ユーリの両手は強く握られており白くなっていた。
その手をアーニャは手で包みながら更に事実を語る。
「そしてもし未来が書き換えるような事でなければ、二日後に私たちはあなたを送り届ける為に…死ななければならない。」
「!?それってどういう?」
「…この基地が奴らの嫌う周波数にて囲っているのは覚えていますね。ですがあなたを送り出すホールをもう一度作り出すにはこの施設全てのエーテルを使用しなければなりません。…D・Bとの戦闘は避けられないでしょう。そしてそれを退けられる程の戦力は…ありません。周波数の塔にエーテルを回すのも間に合わないでしょう。」
「!だったら人に託さないで自分たちで使えよ!他の未来を心配している場合か!」
ユーリは激高したように声を荒げるがアーニャは静かに首を横に振った。
「もう私たちの世界は再生不可能です。星が生きる為の要素を丸ごと奴らに奪われました。…もう二年も持たないでしょう。」
「…だからって!!」
「けど、悔しいじゃないですか。大切なものや人を簡単に奪われて住んでいる世界を壊されて、泣き寝入りするなんて悔しいじゃないですか。」
そう言ってアーニャはユーリの肩に手を置く。
その顔は伏せられておりよく見えない。
「だから託すんです。託して世界を救って貰って、私たちが生きた意味はあるのだと。証明してください、ユーリ・アカバ。」
「…俺は。」
「ごめんなさい。」
「え?」
ユーリが聞き直すとアーニャは顔を上げた。
その顔は涙でぐしゃぐしゃであった。
「ごめんなさい。こんな事をお願いして、こんな事を背負わせてしまう事を、こんな弱い私で…ごめんなさい。」
そう言ったきり彼女はひたすら泣き、何も話さなかった。
「そのような事が…。」
「ああ…。」
その後何も言わずにアーニャはユーリから離れて塔を降りていった。
だがユーリはそれを追いかける事が出来なかった。
教えられた自分の背負っているものの重さに改めて気づいてしまったから。
結局夜になり心配したアイギスが迎えに来るまでその場を動けなかった。
そして今は自室でベットに横になりながらひたすら天井を見ながらアイギスと情報共有していた。
「…なあアイギス。」
「何でしょう。」
「重いな、人の想いって言うものは…。」
「…そうですね。沢山のものを背負ってしまいましたね。」
「…元々俺は悲観的な人間だ。」
「…知っています。」
「今でこそ昔に比べたらマシになったが根本は変わらない。あの頃の、少年兵時代の悲観的でそのくせ生きる事には貪欲なただのMTの腕がいいガキだ。」
「…ユーリ。」
「けれど、だけれども。そんな俺に未来を、世界を託したバカがいる。」
「そうですね。」
「こんな俺を希望として見てくれる奴がいる。」
「そう…ですね。」
「事の大きさを考えたら今でも吐きそうだけど。それでも託されたものを繋がないといけない。」
「…。」
「そして…託されたものに、似合う人間になりたい。」
そう言うとユーリは起き上がりアイギスを見つめる。
「簡単には変われないかも知れない。それでも今までのようにただ生きるためだけに戦うんじゃない。その希望を託すに相応しい人間に、なりたい。付いて来てくれるか?アイギス。」
「無論です。その為に私はいるのですから。」
そう笑みを浮かべながら返すアイギスを見ながらユーリは天井を見上げながら誓う。
「俺が生きることが希望になるなら、絶対に生き残ってみせる。この世界の希望、背負ってやる。」
オペレーションパンドラ、最終段階作戦まであと一日。
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