第84話 そして《火》は届けられる
作戦決行当日、非戦闘員含めた約三千人が一か所に集められていた。
それを眺めるように前に立つのはここまでこの三千人を束ねてきたアーニャ・フリーゼン。
そしてその隣に立つのはユーリ・アカバとその一歩後ろにアイギス。
三千人の目線がこの三人に集中する中でアーニャは一つ深呼吸をする。
それが終わると彼女は三千人に向かい宣言する。
「勇士諸君!今日までよく動いてくれた!まずその事に関して代表として感謝の言葉を述べたい!」
三千人の歓声が一つとなり三人の元まで届けられる。
その声が収まるのを待ってからアーニャは続ける。
「皆も知っての通り!オペレーションパンドラは本日最終段階を迎える!…そしてそれはここにいる皆の命を散らす事になるだろう!」
先ほどとは違い歓声は無い、だがその言葉に動揺する者は居なかった。
「最後にもう一回だけ機会を与える!死にたくない者は今すぐにこの場を去れ!それを私は咎めはしない!」
その言葉にて三千人の整列が動くことは無かった。
皆が皆、覚悟を決めた表情でアーニャを見ている。
「…ありがとう。…皆!これより二時間後、最終作戦を開始する!各員思い残しの無いように過ごせ!…派手に皆で逝きましょう!」
先ほどよりも大きな歓声がアーニャたちを包む。
「…死兵だな。」
「死兵…ですか?」
ユーリがぼそりと呟いた言葉をアイギスは拾って聞き直す。
ユーリは静かに頷くと説明をしだす。
「目的成就の為なら自らの命をも投げ出す兵士。…敵に回すなら最悪の相手だが味方でも恐ろしいな。」
そう言うとユーリは空を見上げる。
空は雲が分厚く常に灰色である。
「なぁアイギス。」
その空を見上げながらユーリはアイギスに言う。
「必ず、必ずこれから先も生き残るぞ。」
「はい、ユーリ。必ずこの期待に応えましょう。」
それから一時間五十分後、ユーリはプロメテウスに乗り込んでいた。
その隣にはパメラがプロメテウスの最終確認を行ってる。
「各システム、チェック完了。アイギス、そちらで問題は見つかる?」
《いえ、各システム正常を確認。プロメテウス、何時でも行けます。》
「そう、…そうなると私の仕事は終わりね。…アーニャさんには何か伝えましたか?」
「ああ、最後に世話になったって伝えたよ。」
《それ以上言おうとすると泣いてしまいますからね。》
「五月蠅いぞアイギス。」
そうユーリがアイギスとやり取りしているとパメラが笑い出す。
だがその笑みもすぐに収まりパメラはユーリを見つめる。
「ユーリさん、できれば過去の私に伝言をお願い出来ますか?」
「いいけど…なにを?」
「これから先、絶望は沢山有ると思う。だけど決して挫けないで。けどあなたが挫けない限り希望はすぐ傍にいるってお願いします。」
「…その希望ってまさか俺じゃ無いだろうな。」
「駄目でしたか?」
「…ったく。それを本人に言わせるなよ。」
《フフ…。》
「…ではユーリさん。私はこれで…。さようなら。」
「…俺にとってはさようならじゃないけどな。」
「?」
「過去でまた会えるからな。」
「…フフ、言われればそうですね。…言い直します、過去で待ってます。」
「ああ、任せろ。」
《作戦開始まであと十分、各員配置について下さい。》
基地内にそう通達されると格納庫内も慌ただしくなる。
《始まりますね。》
「ああ。」
「作戦最終段階、周波塔エーテルカットまであと一分。」
エリアAAAの指令室、そこに何人かのオペレーターとアーニャが作戦開始を待っていた。
「エーテルカットまで後十秒。カウントダウン開始します。」
外を見渡せば五百以上のMTが作戦開始を、更に言えばD・Bの襲来を待ち構えていた。
どのMTもボロボロでそこに集まっているのが不思議なほどである。
ただしそのMTに乗っている兵士たちの気力は天にも届かんばかりであった。
「五、四」
皆の支えとなる希望はただ一つ。
自分たちの頑張りが他の世界の何億以上の人々を救う事ができる。
この荒廃した世界で唯一の希望を糧に彼ら、あるいは彼女らはただその時を待つ。
「三、二、一」
その瞬間は多くの者にとっては長く、とても長く感じたであろう。
だが今ここに彼らの最後の戦いは始まろうとしていた。
「ゼロ!!エーテル供給カット開始!!」
オペレーターが操作するとすぐに周波塔へのエーテルの供給が止められる。
それと同時にアーニャが厳しい声で指示を出す。
「すぐにホールを開通させます!基地内のエーテルを最低限以外を全て開通に使用して下さい!」
その指示が出された数十秒後、基地を照らしていた証明が落ち周りが暗くなる。
だがその様な事は誰一人として気にせず作業を進める。
「!!D・B確認。二時の方向!!数は…十、二十、三十…次々に来ます!!」
「各MTは迎撃の準備を!!ホールに接近を許さない様に!!…ホール開通までの時間は!?」
「安定するまで…およそ五分!!」
「各機、五分間ホールを死守してください!!この五分が運命を分ける五分です!各機の奮戦に期待します!」
こうして五分間の決死の戦いが始まった。
「…何分経過した。」
《今、三分が経過しました。》
ユーリとアイギスはプロメテウスのコックピット内にてただ時が来るのを待っていた。
そしてそれはユーリにとってひたすらに苦しいものであった。
今もすぐそばで爆発音が聞こえてくる。
今戦っている皆はユーリを送り出すために死を覚悟で戦っている。
それを助ける力をユーリは今持っている。
本音を言えば今すぐにでも飛び出したい気持ちはある。
だがそれを今戦っている者たちは望んでいない。
その事実がユーリを苦しめていた。
「アイギス。」
《現在五分を経過、しかし通信がありません。ホール開通に時間が掛かっているのかそれとも指令室が…。》
「…。」
現状ユーリにそれを確かめる術は無い。
今、彼ができる事は待つか飛び出すかの二択しかない。
《どうしますか、ユーリ。》
「…。」
ユーリが決断を言おうとしたその時、通信が入って来た。
《お、お待たせ、しました。》
「!?フリーゼンさん。大丈夫か声が。」
《だ、大丈夫、です。少し、攻撃を、受けて、怪我した、だけ、ですから。》
「っ!…そうか。」
言わなくてもユーリには分かった。
彼女の言う怪我は深刻なもので、もう彼女は長くはない事を。
《ホールの、開通、に、成功、しました。お願い、します。希望を、届けて、ください。》
「ああ、了解した。」
ユーリがそう言ったのちに通信は途絶えた。
《…ユーリ。》
「ああ、分かってる。分かってるアイギス。…プロメテウス、ユーリ・アカバ。出るぞ。」
内部にあるオリハルコンからプロメテウスの全身にエーテルが駆け巡る。
そしてバーニアを最大にして格納庫から飛び出した。
外の様子はまさに地獄のようであった。
D・Bが破壊したMTや施設を喰い荒らしている。
だが幸いにもホール付近にはまだD・Bは寄ってきていない。
残ったMT達が結集してホールを死守している。
ユーリはプロメテウスの最大速度にてホールへと向かう。
目に見える惨状に思う所はある。
けれど散っていった者達はここで足を止める事を喜ばない。
故にホールへ一直線で最短距離を突破する。
途中でD・Bが近づいて来ても無視し横をすり抜ける。
無論追って来るD・Bもいたが他のMTがそれを妨害する。
そうしてユーリはホールに躊躇なく突入する。
その後、この世界がどうなったか知る者はいない。
一つだけ言える事は最後まで戦った戦士たちは一片の悔いも無かった、それだけである。
「艦長!防衛ライン維持が限界です!」
「クッ!」
ユーリが謎の穴に消えてから二十分がこちらの世界では経過しようとしていた。
アヤはひたすら仮称:獣がモンドの町に行かないよう誘導していた。
しかしそれももう限界が来ようとしていた。
MTの多くは損傷を受けて修復中、他の艦の中にはかなり被害を受けている艦もある。
(…撤退するしか、無いの?この状況下で!)
ユーリの身やモンドの町を見捨てるしかない現状にアヤは心の中で怒る。
しかし、このまま現状を維持すれば待っているのは無駄死にだけである。
撤退する。
その決断を口にしようとした時であった。
「!高エーテル反応確認!先ほどの現象と同じです!!」
「!!望遠レンズを最大にしてメインモニターに!」
メインモニターに映し出された先には確かに先ほどと同じ穴が確認できる。
そして中から一機のMTが飛び出して来る。
そして近くにいた仮称:獣を袖に収納していたビームサーベルにて両断してみせる。
「あのMTは!?」
「認証コード…一致する機体はありません!!」
「艦長!謎のMTより通信が入ってきています!どうしますか!?」
「すぐに開いてください!」
そして通信者の顔がメインモニターに映し出される。
「アルヴィー艦長!!現状は!?」
「あ、アカバ少佐!?」
ブリッジ内が混乱に包まれる。
それも当然であろう突然消えたユーリが全く別のMTに乗って現れたのだから。
「少佐!今まで何処に!いえ、それよりもそのMTは一体?」
「説明は後だ!とにかく現状を確認させてくれ俺が消えてからどのぐらいになる!?損害は!?」
「は、はい失礼しました。二十三分ほどだと思われます。損害はMTが七機が消失。修理中が二十一機。そして各艦損傷多数です。」
「分かった。まず全機下がらせて修復作業を。奴らは俺が引き受ける。」
「…信じていいんですね?」
「安心しろ。ここで死ぬ気は毛頭ない。」
そう言っている間にも仲間がやられた事に警戒してかユーリの機体を仮称:獣が囲もうとしている。
「分かりました。各機は艦に戻り次第補給と修理を行ってください!」
「か、艦長!いいんですか!」
「…今は彼を信じます。とにかく急いで下さい。」
「わ、分かりました!!」
各ブリッジクルーが慌ただしく動いていたため艦長の呟きは誰の耳にも入らなかった。
「少佐、無事でよかった。」
「さ・て・と。」
《D・B、十二。こちらを囲んできています。》
「ホールの方は?」
《こちらの通信中に閉じるのが確認されました。あちらから来たD・Bはいない模様です。》
「よし、これで後ろを気にせずに戦えるな。」
《各戦闘システム問題ありません。何時でも行けます。》
「じゃあ、殺ろうか!!」
プロメテウスの僅かな動きを察してかそれとも獣としての勘かD・Bは一斉に射撃を開始した。
それを縫うように回避していくユーリはプロメテウスの背中に取り付けられていたランチャーを取り出す。
そしてマシンガンモードにして引き金を引くと二つの銃口からそれぞれ秒の時間差でビームが発射される。
ビームは吸い込まれるようにD・Bに当たり悲鳴を上げる。
その隙を逃さない様に今度はランチャーモードにすると先ほどより高火力なビームが一条の光となり怯んだD・Bを貫く。
「アイギス!シルフィード、展開!」
《了解、シルフィード展開します。》
各バーニアに取り付けられたシルフィード、合計八つのシルフィードが宙を自由自在に浮かびビームをD・Bに撃つ。
接近するD・Bもいたがシルフィードが接近戦状態になり切り裂いていく。
そしてプロメテウス自身も高機動でD・Bに突撃していき敵をビームサーベルで両断していく。
こうして瞬く間にD・Bはこの場から居なくなった。
「ふー、初戦はなんとかなったな。」
《お疲れ様でした、ユーリ。》
「ああ、…これであいつらの作戦は本当に成功だな。」
《…ええ。きっと喜びます。》
「…さて、これからが一番大変だぞ。この荒唐無稽な話を信じて貰わなければいけないんだから。手伝ってもらうぞアイギス。」
《無論。お付き合いしますよ、ユーリ。》
今ここにプロメテウスの火は確かに届けられた。
これより始まるのは誰もが知らない物語。
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