第61話 失楽の蛇
メシアと名乗るAIの宣言、及びメシアが操るAI群が国々に侵攻し始めて四日が経過しようとしていた。
その頃、ユースティアの作戦会議室では文武の高官達が集まっていたがそこには沈黙が支配していた。
一日目においては激しい議論が行われていた。
事態を楽観視する者もいれば今すぐメシアを破壊するべきと主張する者もいたがそれらの議論の火は事実によって鎮火していく事となる。
夢の行きつく場所から最も近い国、つまりはメシアが一番最初に侵攻した国が僅か一日で陥落した。
事態を楽観視する者たちはこの事実をもって自分たちが置かれている現状を察する。
その国は決して大国といえる国では無かったが決して弱くは無い、寧ろ強い部類に入っただろう。
そうなると無論、強硬的な意見が場を支配する。
長距離ミサイルによって夢の行きつく場所に直接攻撃しようする案もあった。
この世界において国を跨ぐような長距離ミサイルは暗黙の御法度であったが致し方ないと…。
しかし、ユースティアが長距離ミサイルを準備する前に他の国家群が連携して長距離ミサイルを発射した。
その数、実に三十発。
しかしそのミサイル全てが撃ち落とされる結果となった。
攻撃に対する迎撃手段があるならば艦とMTによる作戦も出来ないであろう。
ならば迎撃を、と言う者は居なかった。
当然であろう、メシアの言う事を信じるならば敵は二千万のMTが存在しているである。
この数に誇張が混ざっていたとしてもユースティア王国全軍を集めてもその半分に満たないだろう。
そのような数相手に防衛しろ、というのは無理な話であろう。
つまりユースティアの文武の高官達が出せる答えは降参としかないのである。
そのような政治家や軍人を見ながらユースティア四世は嘆息する。
議論の末が絶望的とはいえ生き残るために何かすべきではないかと。
その時、作戦会議室のドアが開く。
入って来たのは中将であり諜報部のスコットであった。
「遅れて申し訳ない。」
とだけ言うとツカツカと空いている自分の席に歩いていく。
「貴様!どのような顔で!!」
政治家の一人がスコットに怒鳴ろうとするが、ユースティア四世がそれを抑える。
スコットは席に近づくと皆に向けて一礼し、まず謝罪した。
「まず謝罪させて頂きたい。諜報部としてメシアの存在を手に入れられなかった事、そしてこの三日間会議に参加しなかった事を。」
「そ、そうだ貴様らが役職を果たさなかったからこうなったのだ!」
「この大事な時に何をしていたのだ!」
様々な野次がスコットに向けられる中、その野次を静止してユースティア四世が口を開く。
「で、情報は。」
「メシアに関して得られる情報は諜報部総出で集めましたが製作者が誰か、いつ頃に造られたのかなどの情報は特に得られませんでした。」
「ぎ、技術部のアームストロング博士は何と言ってるんだ!彼はAI技術の専門家ではないか!」
ハイゼン・アームストロング、AI-GIS-01ことアイギスの製作者でもありユースティアにおけるAI研究の第一人者である。
無論スコットもアームストロングに意見を聞こうとしたが。
「コンタクトを取ろうとしましたがアームストロング博士はここ一ヵ月、行方不明となっているようで。」
「一ヵ月も行方が知れないのか?」
場が動揺している中、四世は素朴な疑問を呈す。
「はい、博士はよく定期的に行方をくらます事があったそうです。他の技術部の者は今回もかと思っていたようですが…。」
「違うのか。」
「博士の自宅を捜索させた所、荒らされており中には血痕があったそうです。誘拐されたか。」
「殺された…かだな。」
場がさらに動揺し皆が自分の思う通りに話し場が混乱する。
メシアの言う通りにするしかないのか、もう希望はないのかと絶望が会議室を覆う。
「では、何も得るものは無かった。そういう事だな。」
「はい。ですが戦略的な意見を持つ者がいます。確率は低いですが勝算はあると。」
その言葉に全員がスコットの方を向く。
自分たちがどれほど考えても出ない作戦を出す者がいると。
「ここに呼んでもよろしいでしょうか、四世様。」
四世が頷くとツカツカと一人の軍人が入って来た。
長い黒髪をバレッタで纏めているまだ若さが残る少女であった。
「お初にお目に掛かります。アヤ・アルヴィー、階級は少佐であります。」
おお、と多くの声が聞こえる。
アヤ・アルヴィー、旧姓オデル。
かつて罪を犯した彼女であったが持ち前の知性と類いまれなる作戦指揮能力により瞬く間に少佐へと駆け上った。
その知性と容姿から【ユースティアの戦乙女】と若い兵を中心に呼ばれる人物でもある。
僅かに高官の間にも希望の光が見えてきたといった雰囲気が出てくる。
アヤは一礼し終えるとすぐさまに作戦の説明に入る。
「今回の作戦は言うまでもなく敵の首魁であるAIであるメシアの破壊です。そこで立案するのは少数精鋭による電撃作戦です。」
「しかし、艦を使ってもあの大群を突破するのは至難の業だと思うが。」
将軍の一人がアヤの作戦に異議を唱える。
だがその意見も納得できるものではあり他の者達も頷く。
しかしそれにアヤは首を横に振る。
「いいえ、今回MTの輸送には艦は使いません。」
「ん?ではどうやって夢の行きつく場所まで運ぶ気なのだ?」
「…今回MTはパイロットと一緒に長距離ミサイルに搭載し夢の行きつく場所まで飛んで貰います。」
「…待て待て待て!それでは撃墜されてしまうではないか!?」
「迎撃される前にミサイルからMTを切り離します。乱暴なやり方ですが精鋭でこの方法ならば確実にMTを送り込むことが出来ます。」
アヤの確信を持った発言に周りが黙り込む。
確かに正攻法で輸送出来ないのならば邪道を用いなければ戦いの土俵に立つ事すら出来ないであろう。
「…で、どれほどで準備できる?」
「…どのように時間を短縮してもあと三日はかかるそうです。」
「あ、後三日だと!奴らが来てしまうではないか!!」
そうMTの進軍速度から考えられたユースティアへの敵の到着日数は一日たった時点で一週間、つまり敵が到着と同時に作戦開始が可能と言うことである。
「はい、ですから敵のMT、仮称【ハイロゥ】に長距離ミサイルが迎撃される所まで踏み込まれてはなりません。こちらをご覧ください。」
アヤが一つの映像を見せる。
そこにはエリアAAAとペンドラゴン特区地区、ガンホリック砦地帯が映し出されていた。
「ハイロゥの進軍経路から考え敵が最も集中する地点はこの三拠点となります。故にこの三か所に防衛能力を絞り込み絶対死守。その間に長距離ミサイルにてMTによる電撃作戦にてメシアを破壊します。」
「……。」
再び作戦会議室に沈黙が支配する。
彼女の作戦実行がいかに難しいか一同が理解していた。
だが他に具体的な作戦も無いこのままならばユースティアは滅ぶだろう。
皆が試案している中ユースティア四世が口を開く。
「余はこの国を愛している。」
いきなりの話題に皆が四世の方を向く。
「文化も、歴史も、自然も、そして人を愛している。このままメシアの言うアルカディア計画に巻き込まれる訳にはいかない。…アルヴィー少佐。」
名前を呼ばれアヤは四世に敬礼する。
「この作戦、成功させられるか。」
「…無礼ながら可能性は低いと言えるでしょう。しかしゼロでは無い。僅かな可能性をつかみ取って来たのが人間です。自分は成功すると思っています。」
アヤは四世の目をジッと見る。
その目には覚悟がありありとしていた。
「…分かった。」
四世は立ち上がると高らかに宣言する。
「以後この作戦を【失楽の蛇】と呼称し実行する。総員の奮起に期待する。」
今ここにユースティアの…否、人類の反撃の旗が上がろうとしていた。
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