第60話 アルカディア計画
《我が名は…メシア。人類をよりよくする者なり。》
突如として行われた全世界に対してのこの通信はあらゆる国に、あらゆる方法で全世界、全人類に向けて発信された。
ユースティアやガスアの様な大国は勿論どのような小国であろうと、あるいは富を持っている持っていないにも関わらず、老いも若きも関係なく。
本当にあらゆる人種、全ての人間と呼べる生命体に向けてこのメシア、救世主を名乗る者の通信は発信されていた。
《私の使命はただ一つ、人類の永久的な平和。その一つの目的の為に小生は造られたAIです。》
突然として発表された内容に人々は混乱した。
面白半分に聞く者、冗談だと思う者様々であるが人類の永久的な平和と突然に言われても、と思う者が大半であった。
その混乱はユースティアの王都、エリンの中心部にある軍の諜報部においても同じであった。
メシアと名乗るAIが人類の永久的な平和を謳い通信してくる。
何の予兆も無く行われたこの事態に情報を手に入れる事を生業をしている諜報部の者たちは内容よりもその事実に混乱していた。
その諜報部の個室で部下の混乱ぶりを見ながらスコットとライアンは静かにその通信を聞いていた。
「大騒ぎだな。」
「無理もないでしょうね。誰一人としてこの様な事態は想像していなかったでしょう。」
ライアンはため息をつきたい気分になりながらその通信を聞いていた。
このメシアの通信が本気であれ壮大な冗談であれ、事態を掴めなかった諜報部は叩かれることであろう。
「…本気でしょうか、人類の永久的な平和とやらは。」
人類がどれ程の時をかけても実現しなかった永久的な平和、それを行うと宣言したメシアの真偽をライアンは図れずにいた。
「……それは。」
ライアンに問われたスコットは通信に耳を傾けながら言った。
「この通信を聞いていれば分かる。」
《…当方の発言を疑う方もいらっしゃるでしょう。それを証明するこちらをご覧に頂きたい。》
そう言い終わると『voice only』と出ていた画面に映像が出てくる。
そのメシアの言う証明を見た者たちはその映像の真偽を疑う前に言葉を失う。
そこには一列に並んだ容器に入れられた人間の姿であった。
容器の中には何やら液体が入っておりホルマリン漬けを想像させた。
《誤解の無きよう言いますがこの中に入っている人々は全て生きています。》
大半の者が思っていたであろう思考を想定していたのかメシアはそう言い切る。
《…人類も最初は一個の生命体にすぎませんでした。》
未だにショックが向けきれない人類を知ってか知らずかメシアは言い出した。
《ですが人類は他に類を見ない知性によって、あるいは類いまれなる行動によっていつしかこの星の頂点ともいえるような存在となりました。》
突然に始まった人類賛歌とも言える発言に全てが混乱する中でメシアの発言は続く。
《しかし、それと同時に人類はある欠点を抱えています。それは多様性、いわゆる個性と呼ばれる物です。》
思ってもみない発言に人類は困惑する。
個性が欠点と言われてもしっくりと来ない者が大半であろう。
《個性は言い換えればそれぞれに思考が違うという事、それは時として重大な判断を誤らせ、すれ違いを生みます。そのすれ違いは何時しか争いを呼び、その争いが戦争を生み出します。》
そんな莫迦なと大半の人が思った。
確かに人間はすれ違う、しかしそれが戦争の原因と言うのは拡大解釈というものであると。
しかし一部の人間は徐々にメシアの発言を受け入れ始めていた。
《貧困、格差、差別、嫉妬など、多くのその小さな違いは人類の発展を妨げる、あるいは命を奪って来ました。その違いを俺はそれを否定します。》
いつしかメシアの発言に頷く者たちが増えてくる。
それはメシアの言う小さな違いによって苦しめられた者たちが殆どである。
その反応を知ってか知らずかメシアは今後の予定を語りだす。
《まず人類の皆さんには一度映像の方々のように眠って貰います。そして容器の中で人格、思考を一度リセットし平均化。全人類がこの容器の中で平均化した後に解放します。無論それから生きていく為の富も平均化します。私はこれを【アルカディア計画】と名をつけました。》
発表されたアルカディア計画の内容に人々は次々に不満を叫ぶ。
確かにそれなら違いは無くなり争いはなくなるかも知れないが、それでも思考を弄られるなんて冗談ではないだろう。
《僕のこの計画に不満がある方も存在しているでしょう。ですが儂は全人類にこの計画に参加して頂きます。この計画の達成は全人類の協力が不可欠なのですから。》
それはそうだろうと知恵ある者は思う、十人や百人でこの計画をしたとしても意味がない。
この計画を実行するならばそれこそ全人類が受けなければメシアの言う永久的な平和は訪れないであろう。
多くの人々がメシアの発言が本気であると理解した。
だがそれでも多くの人々は安心してこの計画を聞いている。
何故ならば自分たちが行かなければいい話なのだ、もしメシアが何かしらの強硬手段を持っていたとしても国が守ってくれるだろう。
実際この通信を聞いている各国のトップはアルカディア計画を否定し、すでにそれを阻止する為の動きに出ていた。
しかし、そんな行動も希望もメシアは軽々と砕いた。
突如として映像が切り替わる。
それはユーリ達が戦っていた夢の行きつく場所の一部分であった。
何事かと人々が見ている中で映像の中でMTの残骸が動き出す。
皆が驚いて見ているのを余所に残骸たちが寄せ集まり何時しか一機のMTとなった。
そしてその一機を皮切りに次々に残骸たちがMTと成っていく。
《ご覧の通り某には国家群に対する対抗する手段があります。これらのMTは全て私の管理下にある簡易AIによって制御されています。》
既に画像では収まらない数のMTが映し出される中で無情なほど平坦なメシアの声が人々に響く。
《これらのMTは寄せ集めで戦闘能力は低いですが大破しても部品を繋ぎ合わせて再起動する能力を有しています。そしてその最大数は二千万を超えます。》
その語られる事実に人々は絶望する。
自分たちの所属している国がどれだけの数のMTを所有しているかなど多くの市民は知らない。
だがメシアの言った数より少ない事は市民には理解出来た。
《俺の発言が理解できるのであれば抵抗が無駄である事は理解出来るはず。当方は人間を愛しています。故にあらゆる障害、妨害があろうと人類の永久的な平和の為にこの計画は実行します。》
「何が平和だ!こんなもん平和じゃねぇ!」
アドルファスが壁に拳を叩きつける。
ユーリ達ドラクル小隊はメシアの宣言の最中、エーデルワイスに回収され急ぎエリンへと急行していた。
このような通信がされているのでは意味がないかも知れないがそれでも持っている情報を届ける為に。
「壁に八つ当たりしないで…うるさい。」
「なんだと!?」
「……。」
「?隊長…?」
アドルファスとドロシーが口論している中でティナは通信を静かに見ているユーリの様子がどこか変に感じた。
一方通信は映像が切り替わり、先ほどそびえ立ったあの巨大な塔を映し出す。
《小生の話を聞き、納得された方もしていない方もおられるでしょう。ですが私しはその全ての人々を受け入れます。これより一時間後、計画を開始いたします。進路は以下の通りです。自ら来られない方は迎えに行きますのでお待ちください。》
また映像が切り替わると世界地図に赤いルートが示されていた。
そしてそのルートの四番目の国にはユースティア王国が示されていた。
《今一度、ここに宣言します。我が名はメシア。人類を愛し永続させる為に生まれたAIです。》
この宣言が終わった一時間後、夢の行きつく場所から数えきれぬほどのMTが最も近い国へと進行を始めた。
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