第88話 茶番劇(Farce)

 「グスタフγ、展開完了!チャージ完了まであと二分!」

 「各部隊にはグスタフγを死守するように伝えろ!連合の命運!この一戦にあり!」

 ―とんだ茶番劇だ。と男は思う。

 部下や副官が必死になって戦う中、司令官である男は冷淡に心の中でそう思う。

 男はかつてガスア帝国によって滅ぼされた国の民であった。

 アステルが建立された時、ガスア帝国への反感から住民になるのを拒否し対抗して建立されたフェールーンへと逃げるように向かった。

 ―思えばそれが間違いの始まりだったな。

 最初は信じていた。

 自分たちフェールーンは正義の側で悪を成そうとしているのはアステルであると。

 だが蓋を開けてみればフェールーンは始まりから躓いていた。

 そもそもフェールーンはガスアやユースティアの上級階級も多いのである。

 そして今までのように利益を搾取出来なくのを恐れて二国を恨んでいる者をかき集めフェールーン連合と言う新たな搾取の場を作り上げたという面も多くある。

 それゆえ貧富の差が激しく一部の上の者が笑いながら宴を楽しんでいる中多くの下の者たちが飢えに苦しんでいる。

 男も元々身分は低かったが軍人としての才能を見込まれ何とか人らしい生活が出来るほどにはなった。

 ―それだけならまだ良かったのにな…。

 そうそれだけならばまだ必死になって国のために戦っている者たちを冷淡に見る事もなかったであろう。

 未知の生命体との出会い。

 アステルがD・Bと呼んでいるらしいあの生命体との出会い。

 あれが男の価値観を決定づけたと言っても過言では無いだろう。

 十年前から現れたD・Bはアステルだけでなくフェールーンにも現れた。

 こちらの兵器が一切通じないD・Bに対しフェールーンの指導者たちは何をしたか。

 …何もしなかった。

 D・Bに対しフェールーンが下した決断は『去るまで待つ。』であった。

 幸いにして…と言っていいものか分からないがD・Bはある程度したら去って行く。

 指導者たちはD・Bの事は民には公表せず被害については『アステルによる攻撃による被害』としている。

 これにより何も知らない者たちはアステルをより恨み、誰もが死ぬまで戦うのであろう。

 だが軍人として男は知っている。

 D・Bが去って行った後の町や村の様子を。

 凄惨のという言葉以外口に出来ないような状態であった。

 思い出すのも気持ち悪くなるような光景を男はただ証拠を隠すように命令した。

 あの日から男はフェールーンに対しての忠義もアステルに対する不信感もどうでも良くなった。

 ただ男は一つ確信した。

 ―これ以上D・Bを存在させてはならない。

 幸いにして男に共感する者は軍内にも多くいた。

 更にD・Bが現れる同じ穴から現れる人々、アステルがアリスと呼んでいる者たちをフェールーンはアステルの市民と偽り奴隷のような扱いをしているのも活動に拍車をかけた。

 何の因果か男はアステルとほど近いポルテクス基地の司令官として着任したが心は変わっていなかった。

 未だにフェールーンを信じて疑わない部下や妻や子どもには悪いと思っている。

 だが自分たちがアステルに勝つことは万が一にも無い事は男には理解出来ていた。

 国力の差、技術の差、兵の質の差、上げればキリがないほど差は明確である。

 「チャージ100%!グスタフγいつでも撃てます!」

 「司令!ご命令を!」

 男はそう言われるとスクッと立ち上がる。

 …多くの民の血税やエーテルが無駄になるのを確信しながら。

 「目標敵旗艦!グスタフγ…撃て!」

 それと同時に巨大な光が旗艦に向かって伸びていく。

 敵は回避行動は一切取らず、光は旗艦に当たる。

 「やった!!」

 多くの者が歓喜に沸き立つ。

 中には涙を流して喜ぶ者もいる。

 その様子を見て司令官である男はやはり冷淡にこう思うのだ。

 ―とんだ茶番劇だ。

 光が消えその先に見えたものを見てフェールーンの兵士たちは愕然とする。

 「て、敵旗艦。…未だ、健在…です。」

 自分でも信じられないであろう事実の報告に声が震えていた。

 先ほどまでの歓喜の声は既にもう無い。

 敵旗艦の様子がメインモニターに映し出される。

 その姿はグスタフγを撃つ前と何も変わらない。

 「そんな…。」

 そんな絶望まじりの声が何処からか聞こえる。

 あの光はまさにフェールーンにとって希望の光であった。

 それを受けて敵は全くの無傷、ショックを受けない方がおかしいであろう。

 「な、何をしている!?は、早くグスタフγを続けて撃て!?」

 副指令が混乱した様子で連続して撃つように命令する。

 確かにアステルがどんな手を使って防いだか、フェールーンに所属している男には理解できなかった。

 が、同じ事が連続で出来るかどうかも分からない。

 副指令が言っている事は間違いではない。

 …間違いではないのだが。

 「む、無理です!再チャージするエーテルはもう…!」

 そう基地内のエーテルは今の一発撃つのが限界だったのだ。

 市民から絞り出した最後の一発。

 その一撃の結果が無傷なのだから兵士たちもここまでショックが大きいのである。

 だが、副指令は。

 「だったら基地だけでなく近くの町からも吸い上げろ!!」

 そう命令するのであった。

 近隣の町にはこのポルテクス基地からエーテルが配られている。

 故に副指令の命令は確かに実行は可能だ。

 しかしそれを聞いた周りの者はザワザワと動揺を隠せないでいた。

 そして一人の兵士が異論を唱える。

 「む、無茶です!そんな事をすれば生きられなくなります!」

 エーテルはほぼ全てのライフラインに関わっている。

 それを吸い上げる事は多くの市民に対して死ねと言っているのと同義である。

 だがそんな発言を聞いて副指令は逆上し反論した兵士の胸倉を掴む。

 「貴様!!それでもフェールーンの軍人か!!今!目の前に!憎っきアステルがいるというのに!!奴らを滅ぼす為ならば町の一つや二つなどどうでもいい!!」

 「そ、そんな!無茶苦茶だ!」

 「黙れ!どうせ奴らは我々を滅ぼすつもりなのだ!国を守る為ならば皆喜んで命を捧げるだろう!!」

 ―…ここまでだな。

 男は再びスクッと立ち上がる。

 「…副司令。」

 「司令!あなたからも何か!」

 バンッ!!

 一発の銃声が鳴り響く。

 周りが悲鳴や恐怖の声で包まれる。

 撃ったのは勿論司令官である男。

 そして撃たれたのは。

 「な、何を…!!」

 副司令が肩から血を流しながら男を睨む。

 胸倉を掴まれていた兵士はその間に副司令から離れる。

 「…君は確かユースティアの王族に連なる者だったな。」

 「そ、それが一体…。」

 「このままアステルに負ければフェールーンに逃げた自分たちは処刑されるに違いない。まぁそんな所だろうが。」

 「ち、違う!?私はフェールーンの未来を!?」

 バンッ!

 副司令はそれ以上言葉を繋げなかった。

 男が放ったもう一発の銃弾は副司令の額に穴を空けたからである。

 「…生命を大事にしない奴が未来を語るな。」

 もはやただ物言わぬ死体が場に静けさを生む。

 そんな状態で男の声はよく響いた。

 「聞け!この男は守るべき市民の命を蔑ろにし自らの利権を大事にした!悲しいかなこれがフェールーンの現状である!」

 ザワザワと周りから騒がしくなる。

 今までフェールーンを信じてきた者からすれば信じられない言葉であろう。

 「今から私はアステルに対し降伏する。」 

 ザワザワが一層強くなる。

 この基地のトップが敵に対して降伏するのを宣言したのであるから当然だろう。

 「…皆にそれに習えと言う気は無い。だが覚えておけ。今転がっている奴のような者がこの国の舵を取っている事を。…私を許せない者は今すぐ私を殺すといい!抵抗はしない。」

 そう言って男は手に持っていた銃を放り投げる。

 しばらく皆お互いの顔を見合わせたりしていたが段々と皆俯きだして泣く声が混じりだした。

 どうやら意見は一つに纏まったようである。

 「…敵旗艦に通信を入れろ。」

 フェールーン攻略から始まって僅か一時間。

 ポルテクス基地は降伏を選ぶのであった。


 「思っていたより早く降伏を選びましたね。」

 そうピーターは驚いたように艦長であるアヤに言う。

 「…フェールーンの中にも彼のように今の現状を良く思っていない者がいる。…そういう事でしょうね。」

 降伏してきた司令官の証言から罠の可能性が無い事を聞き出しアヤの顔もどこか柔らかいものになっていた。

 無論嘘を吐いている可能性も考えたが様々な資料を付き合わせた結果嘘は吐いていないと判断した。

 「それにしてもやはり凄いものですね。DSSは。」

 「ええ、…あれが無ければ流石にここまで余裕では無かったでしょうね。」

 DSS。

 DSWの原理をシールドに転用したものであり理論上あらゆる兵器を無効化できる事が証明されている。

 デュカリオンにも搭載されているが、それでもやはりエーテルの消費量が激しく長時間の使用はフレッチャー級かプロメテウスだけである。

 「これならフェールーンの解体も目の前ですね。」

 ピーターが何も考えずそう言うとアヤの睨みが返ってくる。

 「油断するべきではありません。敵の抵抗はこれから激しくなるんですから。」

 「す、すみません!!」

 アヤの睨みに対し全力で謝るピーターにブリッジから笑いが起こる。

 「まあまま艦長。勝利した今ぐらいは気を抜いてもいいんじゃないか?」

 そう言ってブリッジに上がって来たユーリをアヤはため息で迎え入れる。

 「…大震災の前の国の言葉に勝って兜の緒を締めよ、と言う言葉もあります。油断は命取りになります。」

 「ニホンという国の言葉とありますね。データに載っていました。」

 ユーリと一緒にブリッジに上がって来たアイギスがアヤの言葉に興味を示す。

 「…ともあれしばらくはポルテクス基地に留まり様子を見ます。各クルーにもそう伝達を。」

 「了解です。」

 アヤの指示をすぐにニアは実行する。

 その様子を見ながらユーリはアヤを廊下に呼び出す。

 「で、本音は?」

 ユーリの直球の言葉にアヤはため息を吐きながらも話始める。

 「…今回の事でフェールーンも一枚岩でない事が分かりました。この先味方の進行が続けば自壊を狙えるかも知れません。」

 「自滅を狙うって事か?」

 そのユーリの言葉に対しアヤはゆっくりと頷く。

 「こちらに対し何をしてくるか分からない相手が自壊するならこれ以上はないほど良い展開です。すぐにこの情報を司令部に送るつもりです。」

 「…そう、分かった。手伝える事あるか?」

 「いえ、今は特に。何かあればお願いします。」

 そう言ってブリッジに戻ろうとするアヤに一言ユーリは声をかける。

 「気を張り過ぎるなよ。お前が倒れたら皆悲しむんだからな。…俺も含めてな。」

 「…全く、そういう所が(ボソッ)。」

 そう言うアヤの顔には笑みが乗っていたことをユーリは理解していた。


 その数日後フェールーンの政権はクーデターにより崩壊した。

 それを聞いた捕虜となったある元司令官はやはりこう言うのであった。

 「やっぱり、茶番劇だったな。」

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