第91話 狩る者、狩られる者

 トゥルースピース作戦が始まり一年が経過した。

 それまでの間にも語りきれないほどの多くの勇士たちの物語があった。

 そして勇士たちのその努力が今報われようとしていた。

 その前方にはハウンド級やホエール級、そしてそのホーエル級より小型だがより戦闘的なベアー級が場を覆うが如く布陣している。

 一方でその反対側にはアステルが誇る精鋭部隊と異世界の連合部隊が同じく場を覆わんほどの機体と艦で覆いつくす。

 にらみ合いが続き既に七時間が経過しようとしていた。

 どちらが先に行動を起こすか、それによりこの生存闘争の結末が決まろうとしている。

 何時までこの膠着状態が続くのか上層部が懸念をし始めた時、それは聞こえた。

 オォォォォォォォ…。

 何かの雄たけびのような声がその世界全体に響いた。

 その声が聞こえなくなった時、その場にいるD・Bらが一斉に攻撃を始める。

 それを皮切りにこの世界での決戦が始まった。

 D・Bは手当たり次第に攻撃していくのに対し連合部隊はフレッチャー級を囲うように守りながら一点突破を狙う。

 その戦闘は一言で言い表せないほど激しいものであった。

 こちらがD・Bを一匹仕留めれば別の場所の向こう側はMTがD・Bに喰われていたりする。

 だがそのような戦況も少しづつではあったが変化が現れようとしていた。

 無尽蔵に湧いて出るようなD・Bであったが、あまり統率は取れておらず徐々に一点突破を許してしまう。

 そしてマザーにある程度近づいたポイントにて今まで守られていたフレッチャー級と一部の艦が前に出る。

 それらの艦に共通しているのはいずれの艦も二本のフレッチャー級と比べても長い杭のようなものを装備していた。

 この杭のような物こそ対マザー用に量産された局地破壊兵器、通称ヴァジュラ。

 後方に陣取っているハットン大将の指揮の下にヴァジュラが一斉に発射される。

 いくらかのヴァジュラはベアー級やホエール級に突き刺さったがその多くは狙い通りマザーに突き刺さる。

 オォォォォォォ…。

 先ほどと同じ声がこのエリアを越えこの世界全体に鳴り響く。

 やはりこの声はマザーが発する声のようである。

 そして突き刺さったヴァジュラから大量の針が飛び出しマザーの肉を引き裂く。

 それと同時にヴァジュラから艦に伸びているケーブルからエーテルが送られる。

 そのエーテルは電撃と姿を変えヴァジュラから伸びた針から電撃がマザーの肉体を崩壊させる。


 「良し!!」

 ピーターの喜ぶ声がブリッジ内に響く。

 他のクルーも同じような反応である。

 多くの者がヴァジュラの威力をその目で見て勝利を確信する。

 「…。」

 だがアヤは今までの経験と知識、そして直感がまだ終わりでない事を感じていた。

 その直感は的中するのであった。

 オォォォォォォォォォ…。

 「こ、今度はなんだ!?」

 ピーターが怯えたようにメインモニターを見るとマザーの皮膚がボロボロと剥がれていく。

 「ほ、崩壊しているのか?」

 「…違う。あれは、自ら剥がしているんです。」

 皮膚が肉体ごと剥がれていき突き刺さっていたヴァジュラも同時にマザーから抜けてしまう。

 そして全てのヴァジュラが抜かれると急速な勢いで肉体に皮膚が張られていく。

 「そんな、バカな…。」

 ピーターを始めとして多くの者が目の前の現状に驚きを隠せないでいた。

 だがアヤはこの状況でも冷静に動く事が出来ていた。

 「各フレッチャー級のDSWの一斉射を行います。」

 「か、艦長?」

 「マザーが何をしてくるか分からないのは承知の上だったはずです。それにあれだけの事をすれば肉体にも相当の損傷を受けているはずです。今が畳みかける時です!全部隊に通信をフレッチャー級の前に出ない様に!」

 「り、了解!」

 アヤの意見はすぐさまニアによって伝えられそれによりフレッチャー級は更に前にでる。

 「DSWシークエンス開始、セーフティー解除、グラビティアンカー起動!ユキカゼの固定完了!エーテルを艦首に集中開始!各クルーは衝撃に備えを!」

 それと同時にユキカゼを始めとしたフレッチャー級全ての艦首に黒いエネルギーが塊となって現れる。

 「DSW形成完了!発射まであと3,2,1,0!!」

 「撃て!!」

 それと同時に黒い塊は束となり全てのフレッチャー級から放たれる。

 合計十本の黒い光の束は道筋にいたD・Bを飲み込みその命を消していく。

 そしてマザーに十本全てがその肉体を切り裂いていく。

 オォォォォォォォォォォ…!!

 一際大きな声、いや叫び声がこの世界全てに響いていく。

 光が収まった頃にはマザーには十の穴がポッカリと開いている。

 「よ、よし!!これで!!」

 ピーターが拳を握りながら喜びを表す。

 DSWはマザーの肉体を貫くには至らなかったがそれでも大きな損傷を与えた事には間違いない。

 そしてついにマザーの急所がその姿を現す。

 空いた穴の一つから大きさがMTほどの球体がボトッと落ちて来た。

 「!マザーの核を発見!!メインモニターに映します!」

 「良し!!」

 メインモニターに映るマザーの核にアヤも興奮を抑えられない様に言葉を出す。

 しかし、それを放置しておくほどマザーも甘くは無かった。

 「ま、マザーが急速に肉体を回復しています!傷がどんどん塞がって…!」

 メインモニターから見ても空いた穴が徐々に塞がっていくのが確認できる。

 アヤは直感で感じていた、この機を逃せば後が無いと。

 「っ!DSWをもう一度撃てます!!」

 「む、無理です!エーテルが足りません!一度補給しないと!」

 「!!…最大のチャンスを目の前にして逃さないといけないだなんて…!!」

 アヤが悔しさで血が滲むほど手を握る。

 ブリッジクルー全体がこの事実に同じ悔しさを感じていた。

 だが。

 「!待ってください!プロメテウスが出撃しました!!」

 「!!」

 もう一人英雄と表された人間と一機はまだ諦めてはいなかった。


 「何を考えているんですか!?アカバ特務!!すぐに帰艦(ブツッ)。」

 《…通信障害により通信が途絶えました。残念。》

 「ハハ、お前もいい性格になったな。」

 近づいて来るD・Bをクレセントやムコツで薙ぎ払いながらもユーリはマザーに向けて一直線で最短距離を進む。

 ベアー級が前を塞ぐがシルフィードを展開し全方位射撃にて撃沈する。

 だがマザーまで後少しという所でホエール級に道を塞がれる。

 「チィ!こんな所で!!」

 《ユーリ左に避けて下さい!》

 「!!」

 アイギスの指示通りに左に避けると後方から光がホエール級に向かって放たれた。

 道を塞いでいたホエール級はそれを受け息絶える。

 「特務!無事ですか!?」

 「ティナ!?せめて一言いってから撃てよ!」

 左肩のビーム砲から排熱しながらデュカリオン・ドラクルが近づいて来る。

 「それ無断出撃した特務に言われたくないです!!それに言わなくても避けるじゃないですか!」

 「そ、それとこれはまた別だろう!?」

 そのような事を言い合いながらユーリとティナは周りに寄って来るハウンド級を切り払う。

 そうこうしてる間にも他のデュカリオンがこちらに集合しつつある。

 「まったくどいつもこいつも…。」

 「みんな特務だけにいい恰好はさせられないって言って!最終的に艦長も許可しました!!」

 「…そうかい。」

 「はい!だからここは任せて核をお願いします!!ああ後、艦長から伝言です!帰ってきたら一発殴らせてほしい。そうです!!」

 「…それ聞くと帰りたくないな。」

 そう言いながらもユーリはマザーの核に向けて進撃を開始するのであった。


 「あともう少し!!」

 もう既にマザーの核は視界に捉えた。

 そしてこちらの攻撃が通る範囲まであと少し。

 だがホエール級が二体道を阻もうとしている。

 既にほとんどの傷は埋められており核はその姿を隠そうとしている。

 「…アイギス!!スクルド、起動!!」

 《了解、システム・スクルド起動します!》

 それと同時にプロメテウスがあふれ出すエーテルによって発光しだす。

 同時にバーニアから漏れだすエーテルが光の翼のようにも見える。

 シルフィードを展開しつつプロメテウスは高速でホエール級を切り裂き、撃ち尽くす。

 そうしているとホエール級が爆破していく。

 そしてもう一匹のホエール級を沈めるべくビームサーベルの光が黒い光へと変わっていく。

 DSWの接近仕様にてホエール級は両断される。

 そうしてユーリはマザーの核の前に立つ。

 「プロメテウス使用制限解除。動力直結型ビーム砲、DSWモードにて使用。」

 それと同時に胸部の装甲が展開しDSW特有の黒いエネルギーの黒い塊が生まれる。

 「《これで終わりです!》だ!」

 黒い光がマザーの核に向けて放たれた。


 マザーは最初、とある世界のある研究所にて生まれた実験動物であった。

 生まれた時の体長は二センチほど、研究体オメガと呼ばれていた。

 その研究所は生物兵器の研究を中心としていた。

 そこでは多くの生物が生み出され失敗してはゴミのように捨てられた。

 その中で研究体オメガは高度な知能を持っていた。

 それに目をつけた研究所はオメガを生物兵器の司令塔にしようと考えた。

 まずオメガの細胞を分裂させ自らの特徴を持った眷属を生み出す能力を与えた。

 それと同時にオメガの知能を発達させる事もした。

 その後はあらゆる武器と融合させたり他の生物兵器と戦わせたりオメガにとって過酷な研究が行われた。

 ―その時は来るべくして来たのかもしれない。

 オメガは人類に対して反逆を行った。

 ただオメガは人類に対しては何も思ってなかった。

 ただ内なる獣的な衝動を振るうのに研究所という枷が邪魔だったに過ぎない。

 その世界の人間もオメガに対して抵抗を行ったが進化しすぎたオメガを止める事は叶わなかった。

 そしてただの研究体であったオメガはその世界のトップとなった。

 オメガはあらゆる物を喰らった。

 家畜や海の生物は勿論の事、土や建物、そして人間も喰らった。

 そしてその世界にはオメガ以外何も居なくなった。

 ただオメガには幸運な事に、他の世界にとっては不幸な事にこの世界の技術とオメガの与えられた知能は高かった。

 次元転移の技術の研究も行っていたこの世界の知識をあまねく吸収したオメガは次元の彼方へと消え去った。

 そうしてオメガは次元を渡り歩きながら進化し続けた。

 それに果てなど無い。

 オメガは眷属を生み出し続けながらもその知識も吸収していった。

 だが突如としてオメガの縄張りに侵入者がやってきた。

 眷属が次々に潰されていくがオメガは気にしない。

 どうせすぐに替えが効くからである。

 だがそれも続けば流石にオメガも気になって来る。

 オメガは眷属を連れ侵入者を見に行く。

 そして一目見て理解する。

 奴らはただの侵入者ではない。

 自分を狩ろうとする者である、と。

 そこでオメガはある感情が芽生える。

 その感情とは歓喜である。

 長い間オメガは一匹であった。

 今まで出会ったのは獲物と眷属、この二つでしかなかった。

 しかし、いま目の前にいるのはただ喰われるだけの存在ではない。

 自分と同じ狩る者である。

 オメガは人間では考えられないほど長い時を過ごしてきたがようやく自分と対等と思える者たちに出会えたのだ。

 故に、自分の核が撃ちぬかれる感覚を受けてもオメガはただ思うのみであった。

 ―狩る者が狩られる側になっただけ。

 自らの体が崩壊するのを感じながらオメガはその意識を閉ざすのであった。

 

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