第79話 仮称:獣

 《少佐、少しよろしいですか。》

 「ん?何だアイギス。」

 エーデルワイス格納庫内、ユーリはファフニールのコックピット内にて出撃を待っていた。

 目的地点である軍事施設の戦闘可能領域まで後少しの所まで来ている。

 《何故コックピットに、兵力を考えるならば少佐は指揮に徹していた方がよろしいかと思われますが。》

 確かに兵力差を考えればユーリが直接出るまでも無いであろう。

 特に今のユーリは直接指揮する部下もおらず少佐ではあるが全体の戦術部隊の総指揮を一任されている身である。

 「…あー、なんだ実際に戦陣に立って士気を上げるタイプだから。」

 《…。》

 「…。」

 《…。》

 「…。ああもう!白状します!ただの勘です!」

 黙り込むアイギスの無言の圧力に負け、やけくそ気味に理由を語るユーリ。

 「随分と俺の扱いが上手くなったな、アイギス。」

 《長年のパートナーですから。それよりも勘…ですか。》

 「ああ、なんかこう出なければならない。そんな感じがしてな。」

 《…人間の直感というのは多くの場合、今までの経験の積み重なりから来るものと言われてますが…AIの身で言うのは憚れますが確かに少佐の戦場の勘は当たりますからね。》

 「…それに今回は戦乙女様からお墨付きだからな。」

 結局自分自身の不安をアヤはユーリにだけにひっそりと伝えていた。

 そしてユーリ自身の勘もアヤを支持したためユーリは戦陣へと切り込むことになったのである。

 《そうですかアルヴィー大佐が…。意外ですねあの方はそういった不安定要素はあまり信用されない方だと。》

 アイギスの言葉にユーリがクスッと笑う。

 「ま、確かにな。だが彼女の中の不安がそれだけ大きかったって言うことだろ。」

 (実際この事を話す時もかなり悩んでいた様だったしな。)

 《そう言うものですか。》

 「そう言うもんだよ。…ああそれとアイギス。」

 《何でしょうか、少佐。》

 「いや、別に今言わなくてもいい事なんだけどさ…。それ止めない?」

 《すみません少佐。それ、とは何の事でしょう。》

 心底分からないといった声を出すアイギスに指を指ししながらユーリは答える。

 「それだよそれ、階級呼び。」

 《…それはつまり少佐、以外の呼び方が良いと言う事でしょうか。》

 「そうそう!いい加減四年も経つのに階級で呼ばれるのに違和感があるんだよ。」

 《そうですか、しかし少佐の少佐以外の呼び方となると…難題です。》

 「いや、普通に名前の呼び捨てで構わないんだけど。」

 《ではそうなるとユーリと呼ぶことになりますね。ユーリ…ユーリ…。申し訳ありません却下で。》

 「何故!?」

 《当機にも具体的な理由は言語化不可能です。ただ近しいもので言えば‘‘気恥ずかしい‘‘が該当するかと。》

 「…そうか、なら仕方がないな。」

 《はい、この件は作戦終了後にでも。》

 「そうだな、もう少しで作戦開始…。」

 だしな、とユーリの言葉を遮るように通信を知らせる光と音が鳴らされる。

 《少佐、ブリッジより緊急の回線です。》

 「?分かった。」

 ユーリが回線を開くとそこにはアヤが映像で映し出された。

 「アカバ少佐、これより作戦を変更します。」

 「はぁ?どういうことだ何かあったのか。」

 突如として伝えられる話にアヤに喰ってかかるユーリ。

 しかしアヤは緊張の顔をしたまま言葉を紡ぐ。

 「言葉を尽くすより見てもらった方が速いと思われます。これが目標地点の今現在の状況です。」

 そう言って映像がアヤの顔から目標地点である軍事施設に移り変わる。

 そこに映っていたのは必死に抗戦しているMT数機。

 そして明らかにMTとは違う生物的な特徴をもった、されど所々に機銃などの兵器が埋め込まれているMTと同等の大きさの生物が二十ほどMTを攻撃している。

 「な、何だ…これは…。」

 ユーリは思わずそう口にしてしまう。

 明らかに動きなどは動物のような動きをしている。

 だが今もその生物はライフルにてMTを一機大破させた。

 そしてその大破したMTに数匹が寄ってたかりその大きな口を開け、MTを喰った。

 それは正しく捕食と言う言葉が相応しい様相だった。

 嚙み千切られた箇所からは血のように液体エーテルが噴き出し生物たちを汚している。

 そして一片の欠片も残さず平らげると生物たちは次のMTに襲い掛かる。

 《…少佐、あの生物をデータベースにて照会しましたが該当はありません。》

 「こちらも結果は同じです。あれは完全に未知の生命体です。」

 「…で、どうする艦長。」

 ユーリがアヤに問いかける。

 その表情には既に驚きはなく英雄としての表情であった。

 「…現在あの生物、仮称:獣について分かっている事は余りにも少ないです。ですが分かっている事は獣は人類に対して友好的では無い、という事です。」

 再び映像に目をやるとMT以外にも獣は軍事施設を喰らっている。

 鉄が主食なのか雑食なのかは不明だがそこに人間がいようとお構いなしである。

 「今は目標地点に留まっていますがこのまま行けばモンドの町まで喰らい尽くす可能性があります。」

 そうこの軍事施設の近くには町がある。

 駐留部隊がいるとはいえ、奴らが来れば相当の被害が出るであろう。

 (だったらやる事は一つ。)

 「艦長。」

 「分かっています。だからこその命令変更です。アカバ少佐は各部隊の指揮をして仮称:獣を撃退してください。」

 「了解!アイギス。」

 《各システムオールグリーン、エーテル供給率100%。いつでも行けます少佐。》

 「よし、先行して突撃。仮称:獣を駆逐する!」


 ユーリ達が仮称:獣を発見しそれを駆逐するためにMT全機が出撃してから二十分が経とうとしていた。

 戦況は一機、また一機と数を減らしていくアステルの勇士たちに対し仮称:獣は全くその数を減らしていなかった。

 その訳は。

 「チィ!この距離でも駄目か!?」

 ほとんどゼロ距離にて放ったランチャーから放たれる光が仮称:獣に弾かれるのを見て思わず舌打ちするユーリ。

 《少佐、やはり仮称:獣は特殊なバリアが張られている模様です。ビーム兵器では通らないかと。》

 「そうは言っても。」

 噛みついて来る仮称:獣を避けながら他の戦闘状況を見る。

 やはりどのMTも仮称:獣に対しダメージを与えられない模様である。

 中には実体剣や実弾で攻撃している者もいるが皮膚が厚いのか傷を与えるには至らない。

 当初は制空権はこちらの物であったが隠していたのかそれとも生えて来たのか機械の翼が仮称:獣に付き更に戦闘は不利になった。

 「っ!やらせるか!!」

 あるMTが喰われそうになっていたので仮称:獣に膝蹴りを当て引き離す。

 「あ、ありがとうございます!」

 「礼は後だ!損傷受けた奴は一度撤退しろ!残った奴は体制を立て直せ!」

 (と言っても厳しいな…これ。)

 攻撃が通じるならば幾らいようと狩れる自信はあるが現状では打てる手が無い。

 メシアの時とは別の絶望感がユーリを襲っていた。

 (とにかく町に行かせる訳にはいかない。本部にはアルヴィーが伝えてるはず。今は被害が少なくなるように。)

 《少佐》

 「どうした!アイギス!」

 《後方に高エーテル反応が。》

 ユーリが後ろを見てみるとそこには巨大な黒い穴があった。

 他の物に例えようにも出来ない黒い穴は徐々に大きさを広げMT一機が通れるほどになると動きが止まる。

 「アイギス、これは。」

 《不明です。ただ重力力場が異常を示しています。中に入ればどうなるか推定できません。》

 「チィ!獣の次は穴かよ。一気に訳の分からない事が起こりすぎだろ。」

 《少佐、後方。》

 それは言い訳が出来ない程の油断であった。

 仮称:獣の一匹がその口を開きユーリに向かって突撃してきていた。

 (不味い!避けきれ!)

 一瞬にして避けきれないと判断したユーリは仮称:獣の口を押え突撃を受け止めに入った。

 それは成功し何とか喰われる事は回避した。

 だが突撃の勢いを殺すには至らなかった。

 そしてその後方には例の黒い穴が待っている。

 その結果は必然として。

 「ちょっ!まっ!」

 ユーリはアイギスやファフニールごと黒い穴に仮称:獣の一匹と共に引きずり込まれたのであった。

 そしてその黒い穴はその役目を終えたように一瞬にして消えるのであった。


 その一瞬にて英雄はこの世界から姿を消した。

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