第43話 暴君
三人を見つけるべく歩き始めて数分が経過した。
途中すれ違う人たちは、コトハの姿を見るとすぐに歩くのをやめ、ぺこりとお辞儀をする。コトハも快く挨拶を返し、彼らの眼は羨望の眼差しへと変わる。
「なんていうか……慕われてるんですね。コトハさん」
和也の何気ない言葉に、彼女は少し赤面する。
「そんなことないんですよ」と言いながら彼女は顔の前で手をぶんぶんと振っており、うつむきながらも隠せていないその顔が可愛らしく感じた。
「船で話したと思うんですけど、この街って私たち転生者が作ったんです。それも私のお願いでですよ? みんなそれについてきてくれているだけなので……本当にありがたいですよね」
「お願い、ですか?」
「魔王討伐、その情報収集ですよ。……どうしても叶えたいので」
先ほどの表情とは打って変わって、思いつめたような顔つきになる彼女。叶えたい願いというのは、そこまで深刻なものなのだろうか。
「……やっぱり、まだ秘密ですか?」
気になっていたことを口にする。船内でははぐらかされたが、今なら聞けるのではないかと思ったからだ。
和也の言葉で、彼女の表情は元に戻り、柔らかな笑顔になると
「そうですね……和也さんのお仲間さんと合流出来たら話しますね」
彼女の願い。それはなんなのか。ますます気になってきた和也。
これは早く探さなければ、そう改めて歩く足取りはなんだか軽いような気がした。
「―――っ!!」
少し歩いたところで、何やら騒がしい音が聞こえ始める。その方向はまっすぐ行った先の開けた場所。広場にも思えるような場所だった。
「もしかしたら……俺の仲間かもしれません」
「私の仲間の声もします。戦ってるとしたらすぐに止めなきゃ……!」
コトハはそう言って先に声のする方へと走り出した。和也も置いて行かれないように先を急ぐ。
目標が近づくにつれて、段々とその姿が明らかになっていく。誰かと誰かがやり合っている姿。そのうちの一人は間違いなく、ケイの姿だった。
「ケイさん!!!」
「その声は……和也かい!?」
いつもの知的そうな雰囲気とは違い、少し物腰が柔らかくなっている気がしなくもないが……この人はケイで間違いない……よね……?
「うぅ……そんな目で見ないでよ……僕だって今頑張って戦ってるんだからぁ……」
ケイに対しての目線の意味が伝わっていたのか、少し涙目になりながらそう話す。
「よそ見してんじゃねえよザコ!!」
怒号とともにこちらへ突進してくるのはケイと戦っていた男だった。
それは180センチほどあり、たくましい体つきと、活発どころか荒々しさも感じてしまうようなベリーショートの黒髪は、まるで巨漢と言わざるを得ない程の勇ましさだった。その気迫によってより存在が大きいものであると錯覚しそうになる。
「ちょこまか逃げやがって! 殺してやるよ!!」
「ひ、ひぃぃ!」
ラグビー選手の様に突撃してくる男を、ケイは軽々とジャンプして避けてみせた。
捉える対象を見失った男は、その勢いを消せずにそのまま先にあった建物へと激突する。
ドオオオン!!! と激しい音が響き、そこには大きな穴が開いていた。いつの間にかその様を見ていたケイは
「ひぇぇ……あんなの喰らったらひとたまりもないよ……」
弱々しいセリフを吐いている。
ひとたまりもないどころか、死んでもおかしくない威力だと思うのに、その女々しさがこの場の空気を少し変にさせる。
「もしかしてですけど……能力使ってます?」
「うん……」
彼の力は
……と、悠長に話していると、建物へ突撃した男が再び姿を現し
「ったく、さっきから逃げてばっかりだが……そんなんだと俺の優勢は止まらねぇぞ!!!」
激しく衝突した痛みはなんてことないかのように、再びこちらと対峙する男。それどころか、彼の姿は、より大きく、より脅威に感じるような気がして―――
「避けられ―――!」
「ようやく捕まえたぜ……っ!!!」
ガシッという音がしそうなほど勢いよく胸元をつかまれたケイ。
先ほどの突進とは違う速さ。人間の速さに留まっていたのがその限界を超えて――いや、彼の速さの限界はまだその先に存在し、余裕があるようにも感じてしまう。
とにかく、避ける間もなく捕らえられたケイは、胸ぐらをつかまれたままそのまま高い位置へと持ち上げられる。
そして、ニヤリと笑った男は、そのまま掴んだものを
ドシン!!!!!!
そこに響いたのは到底人間からしていい音ではない。
もっと別の、岩石が地面にたたきつけられたかのような―――
「っ……ぁ……っ!」
その衝撃で、ケイから無理やり体内の空気が吐き出されるように声が漏れる。仰向けに打ち付けられたその視界に映るのは、ますます脅威となる男。
今この状況だけで見れば、はるかにあの男の方が勝っている。その誰が見ても変わりえない事実が、男をより凶暴にしている。
この様子は、まるで暴君かのようで。。
「まっっっっっっっっっったく面白くねぇ!! この程度で本がどうたらほざいてたのか。くだらねぇなぁおい!!!」
「……本!?」
彼から発せられたのは「本」という単語。もしや、先程の彼、エイヤと繋がっているということだろうか?
「やめなさいゴウキ! 殺さないで!!」
彼の脳裏に浮かんでいる次の行動が分かっているかのように、コトハは突然男に対して叫ぶ。
しかし、その言葉を聞き入れる様子はどこにもなく
「いいや無理だ! いくらアンタの頼みとは言えど、俺はこいつを投げ飛ばさねぇと気が済まないね!!」
そう言って、ゴウキと呼ばれている男は、その傍らに倒れてピクリとも動かないケイの足元を持ち上げると、それをハンマー投げの要領でくるくると勢いをつけ始める。
「今からお前を壁にブチ当ててやるよ。せいぜい面白く鳴いてくれや!!」
一回転、二回転、三回転と、その数が増えるごとに速度も増し、それが最高潮に到達したとき、その手は離された。
広場の中央から、狙ったであろう建物への距離はせいぜい数十メートル。投げ飛ばされた速さから考えて、ぶつかるまでの時間は5秒にも満たないだろう。
勢いが消える間もなく壁に打ち付けられたケイは、ほぼ間違いなく……
だとして今から俺に出来ることは何だ? 能力は自分自身にしか使えない。魔法が使えるわけでもない。
和也にできることは、今から起きる惨劇をただ見ているだけ
かと思われたが―――
「――――ぇぁ……」
ケイが言葉を、いや、これは
「
寸前のところで、魔法を放った彼。
その言葉によって後背に半透明の薄緑のような、風元素の塊が生まれる。クッションの様に丸々としているおかげによって、壁にぶつかる時に軽く弾みが生まれ、早さによって生まれていた衝撃を弱めてくれていた。
「んだと!?」
真っ先に驚いたのはゴウキだった。
誰よりも勝ちを確信し、優勢を貫いていた男が、まさか魔法によって想定外の結果となったのだ。脅威に見えていたその姿は段々と縮み、ようやく人間らしい姿へと戻っていく。
先程までは非力な様子に見えたケイも、何とか持ちこたえているわけだが……
「……やはり卯に任せていたのが間違いだった。私がやるしかないのか……」
「いや誰!!?」
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