第29話 新たな道

 ローナは、和也から水の魔法石を受け取ると、その圧倒的な力を用いてタイラントを討伐した。和也とケイの二人も、周りの魔物を倒し,レグレで脅威となるものを取り払うことに成功したのだった。


 その後、どうなったかというと……


 「おい、ローナがタイラントを倒したらしいぞ」


 「まじかよ!? でも横に人間もいるぞ? ってことは、人間と協力したのか……!?」


 ……うん、やっぱり良い気はしないな。






 タイラント討伐後、騒ぎを聞きつけた――というより、ローナが勝手に街からいなくなったことを心配した父ラルグがそこに現れたのだ。


 「……っ」


 その光景を見るや否や、和也の目に映ったのは呼吸も忘れたラルグの姿だった。いったい何が起こったのか。彼はローナの胸元に着けられたアクセサリーを見て瞬時に理解する。


 「ローナ、私はお前に魔法石をあげた覚えはない」


 「……これは、和也から受け取ったものです」


 「和也、そこの人間だったな」


 ラルグと目が合う。怒られるのかと思い思わず目を逸らしそうになるくらい怖いが……


 「話はあとだ。ひとまず街へ戻るぞ。人間もついてこい」


 何がしたいのかさっぱり分からないが、一旦それに従うしかない。二人はローナとラルグの後をついてレグレへと向かうのだった。


 タイラントたちがいなくなった後の道はとても静かであり、それが道中の気まずさを余計引き立てている。


 「……」


 「……」


 「……っ」


 凄く、気まずい……


 誰か話を……と思っていると、その沈黙はすぐに破られた。


 「人間、いや――和也。お前は今何を感じている? 怒りか? 恨みか?」


 「突然何を……?」


 「お前たちがレグレを去る前、私は『タイラントは予定より早くいなくなった』と言ったはずだ。それなのにタイラントに遭遇して、危うく命を落とすところだった。何も思わなかったということは無かろう」


 そのことかと和也は先ほどまでのことを思い出す。確かに館ではラルグに半ば追い出される形でレグレを去った。その道中でタイラントに遭遇した。騙されたのかと思いもした。が


 「そりゃびっくりはしましたけど……どこか納得もしてたんですよ。人間を恨んでいるなら仕方ないなって」


 「納得、か。命がかかっている状況で納得なんて言葉は一番似合わないと思うがな」


 そりゃそうだ。和也は思わず苦笑する。


 「でも、もうダメだって時にローナが助けに来てくれたんです。どっちかというとそっちの方が驚きましたよ」


 話題の中心はローナへと切り替わる。人間を嫌っている種族の中で、一番友好的に接してくれた人物。思わず成り行きでともに戦っていたが、その理由はいまだにわかっていない。


 「わ、私はただ二人を助けたかっただけで……」


 だからそれが何故? と言わんばかりの視線をラルグから向けられる彼女。なんと説明したものか、彼女はあたふたしている。じきに正直に話そうと決意したかのような様子を見せると


 「父があの場面で言ったことは嘘だと分かっていたんだ。なんでそんな嘘をついたのかと疑問だった。だから、何も疑うことなくその言葉を信じ、去ろうとした二人に心が痛んだ。それだけだ……」


 彼女の真相を知った時。和也は去り際の彼女のセリフを理解した。「生きててくれ」 それはタイラントに遭遇することを知っていての発言だったのだと分かった。


 「父や周りのエルフが話す『人間』は、エルフを奴隷として扱うだの、醜いだの……そうではない、仲良くしたいと思った人物を助けたいと思うのはおかしいだろうか……?」


 「……そうか」


 ローナの気持ちを聞いたラルグは、それ以上何も言うことはなかった。


 和也も彼女の言葉を聞いて少し嬉しくなった。こんなストレートに言葉を言われてしまうとこちらも恥ずかしいものだ。


 再び沈黙が流れるが、もう街は目の前だ。四人は少々早足になりながら街へと向かう。





 ……ということで今に至る。タイラントを倒したという事実はすぐに街中に流れ、あっという間に注目の的。人間と協力したローナに関しては、軽蔑の目まであるようだった。


 「長の娘がなんてことを……」


 「教えに背きやがって……!」


 「……っ!」


 ローナはうつむき、悲しみの表情を見せる。ラルグは何か言いたげな様子に見えたが、ここでは何も言わないようだった。

 それにしてもひどい言われよう。脅威を消し去ったことよりも、そんなに人間のことが大事なのか。


 ローナを庇うため、和也が口を開こうとした時


 「お前は口をはさむな。これはエルフの問題だ」


 館の前までたどり着くと、そこでラルグは振り返り


 「お前たち! 静かにしないか!」


 ラルグの一声がすべての音を無きものへと変える。

 その足音はぴたっと止まり、囁かれていた噂は一瞬で姿を消した。


 「この者たちはタイラントを討伐せし者、その栄光に種族は関係ないはずだ!」


 「ラルグ! だけどこいつらは俺らを奴隷として扱ったやつらと一緒だぞ!? そんな奴らと協力したなんて教えに反してるじゃないか!!」


 「私はそのような教えなど説いていない! エルフの教えはただ一つ『エルフの魔法は決して誰かを傷つけるためにあるのではない。世界と共存するためにある』 それだけだ」


 ラルグに対して幻滅をする住民。しかしそのような様子など気にせず言葉を続ける。


 「人間に奴隷として扱われた過去。それを繰り返さないためにこの街は閉鎖的になった。次第にそれは他の種族と関わることへの恐怖も生み出していた。この街を包むは恨みや怒りではない、恐怖だ。それを変えるきっかけになったのが私の娘、ローナだ」


 ローナの名前が出ると、皆は一斉に彼女へ目線を移す。ローナ自身も驚き目を見開いている様子。


 「彼女はこの街から出ることが無いよう育ててきた。それが今日、皮肉にも街から出てしまったせいでこうして人間と出会った。そして今、タイラントを倒し街へ戻ってきた。それもローナから進んで人間を助けて。それ以上に何が説明できようか」


 「父上……」


 「エルフは、そろそろなんだ」


 長が言うなら。そうして納得しようにも今までの過去がある。簡単に受け入れることなどできないと住民が一人、口を開き


 「……ラルグ、俺はお前が何を言いたいのか理解したくない。たとえ今更人間を受け入れようとしたところで、過去の事実は変わらないんだぞ?」


 「わかっている」 ラルグはそう言って一つの提案をする。


 その言葉に住民は驚き、それ以上に驚いているのはローナで――


 「ローナ、只今をもってお前を旅人とみなす。これからはこの街にいる必要はない」


 「父上! 一体どういうことですか!?」


 「そのままの意味だ。我らにがある以上、その認識を変えるのは至難の業。そこで、ローナには世界を回り、見聞を広めてきてもらいたい。我らも知らなかったことを見つけてほしい。この種族を、変えてほしい」


 種族を変えるきっかけになる。そんな重大なこと私なんかに……彼女は一瞬言葉を失う。が、その言葉を受け入れると


 「……分かりました。私が必ずや、世界を知り、再びここに戻ってくることを約束します」


 ラルグは少し微笑むと


 「お前はじきにレグレの長となる者。すべてを知ったローナが再びここに戻ってきたとき、再び『世界と共存する』 新たな道を進むことを約束しよう」


 彼が和也たちに見せた、初めての笑顔だった。


 人間をもう拒まなくていい。しなくていいと知った住民が一人、人間に近づく。どうやら前々から興味があったらしく、「ようやく人間と話せた」と喜んでいる様子だった。


 「よおし人間! 今日は俺の家で飯を食べていくといい! 宴だ宴だ!」


 「わぁ……さっきまで人間を嫌っていたとは思えない……」


 「いいんじゃねえか? 楽しいことは良い事だからよォ!!」


 ケイさん、まだそのキャラだったんだ……


 ずっと静かなので気にしていなかったが、どうやら空気は読めるキャラらしい。


 「うちにはな、とっておきのジェラーが……」


 「ま、魔物は勘弁してください!!!」


 すぐに引き返すことになりそうだったレグレでの生活は、まだ終わりそうになかった。

 

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