第28話 氷の魔女
「実戦経験がないだけで、知識としては最低限心得ているつもりだ。行くぞ」
彼女はそう言い放つと、その周りに冷気のような、青白い光を生み出す。それに呼応するように白く綺麗な長髪が風になびくようにふわりと浮き上がる。その眼は狙うべき対象を見据えており、その時が来るのを今か今かと待ち続けているようだった。
彼女はふふっと笑うと
「初めての戦闘で少々緊張しているようだ。いや――これが武者震いというやつなのだろうか」
誰に問うわけでもなく、ぽつりと呟くその言葉。深く深呼吸をすると、再びタイラントを見つめ、集めた元素を一気に放出する――
「――
彼女は右手を高く空に向けて掲げると、その頂点からは無数の氷が生まれる。つららのように鋭く小さく見ためをしたそれは、タイラントに対して腕を振り下ろすと同時にその方向へとまっすぐ飛んでいく。
目視では数えることのできないその氷は、まるで一つに合わさった大きな氷塊のようにも思える。その速度が落ちることなくタイラントの下へと飛んでいくと、そのまま体中を突き刺し攻撃した。
「グァッ!!?」
腹部、腕、脚。あらゆる部位を狙いそれは突き刺さる。タイラントは最初驚くような声を出したものの、決定打になるものは無かったようで、体を少しひねるように大きく動かすと、刺さっていた氷全てをはね返した。
「グアァァァァ!!!」
「まるで効いていない、か……」
ならば次の手を、と考えるローナの下に、そうはさせないとオーク達が押し寄せる。魔法詠唱の邪魔をされては、せっかく勝てるかもしれないチャンスを失ってしまう。ならここを止めるべきは
「ローナさんはタイラントを続けて狙っていてください! 俺たちはこいつらを!」
和也は再び剣を引き抜くと、襲い掛かる魔物と対峙する。隣にはケイがいる。今、彼に恐れるものは何もなかった。
「うあああああっ!!!」
先手必勝。和也は魔物に走りかかると、高く振り上げた剣をまっすぐに振り下ろす。ゴブリンはその攻撃を避けられるはずもなく真っ二つに分断され、そのまま消えていった。
対するケイも、その拳を活かして重い一撃を与える。襲い掛かるゴブリンを踏み台にして高く飛び上がると、そのままくるりと一回転しその勢いを活かした空中攻撃。踵がオークの脳天に直撃すると、そのまま地面にめり込むように潰れる。粒子となり、消えた後の地面にはわずかなクレーターが残っているようだった。
今の二人に「敗北」という二文字は全く頭になかった。
「調子いいんじゃねえかァ!? 和也ァ!」
「ローナさんが頑張ってくれてるんです。だから俺だって……っ!」
悠長に話している暇などない。次は後ろ、正面、それだけに終わらず左右からも襲い掛かる魔物。まともに一対一をしていたら数の差でこちらが負けてしまう。ならば――
「でやああぁぁッ!!!」
剣先を横に構え、そのまま一回転。その回転で生まれた遠心力を利用してもう一回転。両手で持ち上げられた剣は、ゴブリンの腹部に触れると、その肉に跳ね返されることなく綺麗に刃が通る。そしてその勢いを消すことないまま周りの敵を一掃した。
「はぁ……はぁ……!」
以前は真横にすら振ることもできなかったその攻撃は、今では回転することができるようになるまで成長していた。
「俺、剣が使える……っ!」
剣を扱えたことによる満足感。初めて自分で自分を「剣を扱う者」として認めることができた喜びは、今の何にも代え難いものだった。
「自分の成長に喜ぶのもいいが、それを許してくれる状況はまだ来なさそうだぜェ……?」
ゴブリンがいなくなっても、それを超える脅威は簡単に消えそうにない。和也の下にオークが次々と襲い掛かる。複数集まると厄介だ。ここは一対一に持ち込んで能力を使えば―――
「……そうだ。能力」
迂闊だった。激しい戦闘の中で忘れかけていたが、和也は先ほどなぜか能力を使えなかったのだ。能力が使えなければ今襲い掛かる魔物に勝てないのではないか。不安と焦りが和也を襲う。
いや、やるしかない。俺がここでするべきことは
「――お前らを倒す!!」
和也は手に持つ柄を強く握りしめると、オークに対して攻撃を仕掛ける。
「でやあぁぁぁ!!!」
振り下ろされた一撃、ゴブリンのように簡単に攻撃が通るはずもなく、オークのこん棒がその攻撃を防ぐ。肉は切断できても、木製の物に打ち勝つにはまだ技術が足りない。二人の間に鍔迫り合いが起こる。
「―――ッ!!」
オークの怪力が、和也の剣を吹き飛ばさんとする。猛攻が和也を襲うが、それに負けじと抵抗をする。しかし――
「あっ……!!」
オークの振り上げたこん棒が、和也の持っていた剣を大きく吹き飛ばす。上空に放たれたそれは、不利な対面を作るには十分すぎる条件だった。
「倒さなきゃ……いけないのに……っ!!!」
今ここでやられたらどうなる? ただでさえ人数差があるのに、ローナを守らなきゃいけないのに。
――こいつらを、倒さなきゃいけないのに。
勝利を確信したオークが、不敵な笑みのようなものを浮かべながらこちらへじりじりと詰め寄る。
「―――ッ!」
振り上げられたこん棒は、和也の頭目掛けて―――
「
その時、予感がした。能力が使える予感。
ここで死んではいけない。自分のやるべきことはこの場をどうにかすること。今俺がやられたらそれが果たせなくなる。だから――
その刹那、急な突風が辺りを襲う。攻撃するはずだったオークもその風にやられて思わずバランスを崩す。たまらなく和也もその場に崩れてしまうが、その目に映るのは風の影響で剣がこちらに少しずつ近づいてきてること。
それがオークの真上まで来たところで風は止み、あろうことか頭部にそのまま――
「――ッ!? ァ……!!」
予想だにしない出来事と痛みで悶絶するオーク。その場に倒れ、じたばたと暴れているところを絶好の機会だと考えた和也はそのまま剣を引き抜き
「っ!!!」
再びコアの部分へと突き刺した。暴れていた体も
「はぁ……はぁ……」
なんとか倒すことができた。能力もちゃんと使うことができた。和也にとっては一体倒すだけでも精一杯の敵。はたしてローナの様子は……
「よく耐えてくれた! ケイ、和也! 後は任せろ!」
元素を集め、魔法を放つ準備をしていたローナが二人に声をかける。そして魔法の詠唱を――
「
彼女の言葉に合わせて無数の氷が敵のコアを狙い、辺り全ての魔物を一掃した。和也が苦戦していた魔物も、ケイが多数相手にしていた魔物も全て。一瞬のことだった。
「残るはお前だけだな。タイラント!」
「グアァァァァァァァァッ!!!!!」
激昂し、ローナへ詰め寄ろうとするタイラント。しかしそのような行動をローナが許すことはなかった。
「
自身と離れた場所――タイラント付近の地面に魔力を飛ばすとそこには魔法陣が生まれ、そこから飛び出すのは大きな壁。冷たく厚い、簡単には壊せそうもない大きな壁。行く手を阻まれ、一瞬の隙を見せたところに、追加で壁が立ちはだかる。四方を氷で阻まれ、身動きが取れなくなったその様子はまるで牢屋にいるかのようだった。
「グオァ……ッ!?」
なんとかその壁を壊そうと内部で暴れるタイラント。しかしその狭さ故に思うように力を出せない。十分な力を出せないタイラントなど、彼女の前には無力も同じだった。
「なるほど……そういうことかァ……!」
ケイが何かに気づいた様子。
「そういうことって……?」
「俺は勘違いをしていたらしい。魔力と元素を合わせるのはなにも体内だけじゃなくていいってことだ。魔力を先に大気中へ飛ばし、そこで元素と組み合わせる。そーすることであいつ――ローナみてぇに任意の場所から魔法を放つことができるってことだな」
エルフが魔法に優れていた理由。それは魔力だけが理由ではなく、こういった魔法の使い方にもあるとケイは推測した。この街で知りたかったことが知れたと一人で笑い始める。「あひゃひゃひゃ!」と笑うのは少し怖いが……
「さて――終わりにしようか」
彼女はタイラントの上空に魔力を飛ばす。そこには直径10メートルほどの大きな魔法陣が生まれる。
水の元素が魔法陣の下へと集まっていく。それは段々冷たき力へと変化していき、そこの魔物を裁かんとする。無数の氷が結びつき、形作ったのは断罪の剣。
「――
その剣は、魔物の存在を許すことはなく、無慈悲にも裁きを下した。
爆発のような音とともに真下へそれは落とされる。爆風のようなものが和也たちを襲い、手で顔を覆うように身を守る。
数分間、その音は続いた。やがて風が止み音も消えた時、恐る恐る手をどかして目の前の状態を確認すると、そこにはキラキラと宙に還っていく元素と、それを見守るローナの姿だった。
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