第27話 託された蒼
何をやっているんだ。早く逃げろ。
その言葉を発するには体力を消耗しすぎていた。
「ろ……ナ……っ!」
「グォアァァァァァァァ!!!!!」
タイラントの咆哮に、少し圧倒されてしまう。が、それに屈するような彼女ではなかった。
「ふん、叫ぶばかりで攻撃はしないのか? 全く、タイラントというのは大したことないのだな」
分かりやすい挑発、人語が分からないであろうタイラントにもその行動の意味は伝わったようで
「グアァァァァァァッ!!!!!」
「っ……!」
怒り狂うように彼女に襲い掛かるタイラント。ローナはそれをものともせず、ただ辺りを逃げ回っているように思える。
「何してんだァ……? あいつはよ……」
走りながらでも冷静に辺りを見回し、一番魔物が密集してないところを分析する。そして、そこを突っ走る。それを延々と繰り返す彼女。これはむしろ、逃げているというより……
「――時間……稼ぎ……?」
彼女は武器を持っていない。今ここでタイラントに対抗できる力を持っているのはケイと和也だけ。その二人が倒れている今、誰かが庇わなければ簡単にやられてしまうだろう。
その役を、ローナが買って出てくれているのだ。街の教えに背いてまで、協力してくれているのだ。
「……ケイさん。もう、いいですよね?」
「はッ! たりめーだ!」
和也の問いに対し、軽く笑い飛ばして見せるケイ。
……もうこっちの心配はいらないよ
二人は立ち上がると、ローナに対し大きな声で
「ありがとうローナ! ――後は任せて!」
「―――!」
「さっきはよくもやってくれたなァ……!!?」
そう言う彼の顔はどこかいたずらな笑みを浮かべている。先程は死んでいたかもしれないという状況が、まるで嘘みたいだ
再び、タイラントの下へ走り出すと
「和也ァ! 俺が高く飛び上がったら、そこに向かって魔法を放て! アイツを上から叩き潰す!!」
「そ、そんな急に!」
別に和也自身戦闘に慣れているわけではない。ましてやケイの足元を狙った高度な技術など――いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「やるしかない、か……!」
和也は覚悟を決めると
「分かりました! お願いしますよ!」
意識を元素に集中させ、自身に取り込める精いっぱいの水元素を吸収する。体が熱くなり、今にも吐き出したくなるようなそれを押さえつけ、威力を限界まで上げんとする。
「ケイ……さん……! もう、いいですか……っ!?」
「せっかちだなお前! もう少し待ってろ!」
「だってもう我慢できない……っ!!」
……傍から聞いていたらいかがわしい会話に聞こえなくもないが、和也が限界を迎えているのは事実。このままでは暴発してしまうのではという危惧があった。
「おい……! 大丈夫なのか……?」
任せてといった後、ローナはこちらと合流し、和也に守られる形となっていた。和也自身戦力として優れているわけではないのだが……まあ、武器を持たないものを守ることくらいは出来るだろうという判断だった。
……にも関わらず、ローナに今の状態を心配されてしまっている。いや、これは俺が悪いんじゃなくてケイが!
「行くぜェ和也ァ!!! 」
と、どんな言い訳をしようか考えている間にケイの準備は出来ていたらしい。和也は細目になりながら狙うべき場所を見つめる。
「やっちゃって……ください……っ!」
「言われなくても!!」
タイラントまでは推定10メートルを切った。そこでケイは足に思い切り力を込めて高く飛び上がる。人間には真似できない高さ――転生者の能力があってこその力を活かしたそれはなかなかすさまじいものだった。
と、感心している場合じゃない。和也が狙うべき場所は足元。手を空高く掲げ、目標めがけて魔法を――放つ!
「
先が塞がれたホースを解放するように、行き場がなく破裂しかけていたそれが勢いよく飛び出していく。先程までとは比にならないその威力は、衰えることなくケイの下へと向かう。
「ナイス和也ァ!!! もっと高く行くぜェ!!!」
なんと、あろうことか、ケイは足元の液体を踏み台にしてさらに飛び上がる。
「そんなのありかよ……」
思わず引いてしまう和也とは裏腹に、ローナは感嘆の声を漏らしていた。
「これが、人間の力……」
「脳天ぶち抜いてやるよォ!!」
その高さはタイラントの身長を超えた。上空では両手を組み、タイミングを見計らっている者が。
「終わりだァッ!!!!」
ケイはその両手をタイラントの頭めがけて、ハンマーのように振り下ろした。
「グゴァッ!!?!?」
先ほどまでの威勢はない声がタイラントから漏れる。ケイの攻撃は有効だったようで、ふらふらと足元が安定しない動きを見せている。別のゲームで言えば、混乱状態といったところだろうか。
しかし、こちらが圧倒的有利になるかと思いきや、そんなことはなく
「オアアァァァァァッ!!」
ふらふらと、視界がままならない状況になると途端に金棒を振り回し始める。一種の防衛反応にも思えるそれは、むしろ先程よりも危険なのではと感じる。
「これは……近寄りにくいな……」
タイラントの異変を感じ、こちらへ戻ってきたケイと和也が話をしている。二人は遠距離が強い戦闘スタイルではないので、この状況はどちらかと言えば不利だった。遠くから動きを封じ、攻撃できるような者がいれば……それこそ、魔法使いのような……
魔法使い……
「……あの、提案があるんですが」
和也が恐る恐る手を上げる。
「どうした和也? まさか逃げるなんて言わねえよなァ?」
「違いますよ! ……ローナさん、力を貸してくれませんか?」
「わ、私か!?」
話を振られると思っていなかったローナが目を開き驚く。そんな彼女に、和也は自身が身に着けていた水の魔法石を差し出す。
「私は魔法に関しては最近知ったばかりで、はっきり言って戦力不足……だと思います。魔法に長けているエルフならどうにかなると思ったのですが……」
エルフの力があれば、この状況を切り抜けることなど容易いだろう。しかし、ローナはその返事を渋っているように思える。
「私が……でも……」
「お願いします! この状況をどうにかできるのはあなたしか……っ!」
「分かっている! 私も和也たちを助けようと思ってきた! だが……」
数秒の沈黙の後、彼女はぼそっと
「……不安なんだ。戦ったことはおろか、魔法も使ったことがない。それに私には教えが……」
エルフの教え。エルフの魔法は決して誰かを傷つけるためにあるのではない。世界と共存するためにある。
彼女が今一番気にしているのはそこだろう。もし人間を傷つけてしまったりなどしたら。街とは関係のない場所で人間に対する敵対行為と見なされても不思議ではなく、それをきっかけにまた悲惨な結末を迎えたら……
しかし、二人はそんな彼女の心配などまったく気にしていない様子だった。それどころか――
「どうにかなりますよ。私が保証します」
「和也……」
「根拠はないんですけど……なんかうまくいく未来が見えるなぁ……なんて」
自分でも言っていることが無茶苦茶ということは分かっていた。同時に、こういった根拠のない直感が結構馬鹿にならないということも知っていた。
「ダメだったら、その時は一緒ですね」
「それは私に全責任を押し付けていないか!?」
やり取りの中で、少し不安がほぐれた彼女はそっと微笑む。そして、和也が差し出した魔法石を受け取ると
「頼られてるなら、応えるしかないな」
魔法石のネックレスを身に着けた彼女は、何かを呟き始める。これは、街の関所で聞いた覚えのある……
思った通りで、彼女の足元からは魔法陣が生まれる。しかし、それは門番とは比にならないもので、半径5メートルほどの大きな魔法陣が彼女を囲う。
「実戦経験がないだけで、知識としては最低限心得ているつもりだ。行くぞ」
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