拒絶する街「レグレ」

第15話 次なる目的地は

 「ふわぁ~……」


 オーク達の件から数日が立った。酒場の二階にある一室は、もう和也のための部屋となりつつあり、それはそれは快適な生活をしていたのだ。


 ……魔王を倒す目的なんてとっくに忘れたかのように。


 「和也~、起きてる~?」


 朝食の準備ができたのか、ヒナは和也を呼びに二階へと上がってくる。「今降りる」とそれに応じ、簡単に服装と髪形を整える。


 「先行ってるからね~!」


 まるでお母さんだな……なんて苦笑しつつ和也も急いで下に降りる。テーブルの上にはサンドイッチが並べられていた。これは皆のお気に入りの料理なので、マスターもよく作ってくれるのだ。


 「「いただきまーす」」


 朝食の話題に上がるのは主に酒場での出来事だ。昨日の夜はこんな人がいた。いきなり喧嘩が始まったことや、ケイの詩についてなど。


 和也自身、よく話す方ではなく、どちらかと言えば聞きに徹するタイプなので、こうして盛り上げてくれるのは助かるし、なにより面白い。ケイが話題を振り、マスターの上手い相槌、ヒナのリアクション。日本のラジオと遜色ない―――



 「このままじゃだめだ!!!!」


 「なんだよいきなり大声出して。うるせぇじゃねえか」


 マスターが思わず注意する。

 だが、ここで引くわけにはいかない。何せ


 「一週間! 一週間だよ! こんな自堕落な生活送ってていいだろうか!? 否!」


 一週間。この四人はずっと顔を合わせ続けていたのだ。

 ケイは吟遊詩人として様々な人と交流していたから、ここに滞在するのに何の疑問も持つ必要がないだろう。しかし、和也に関しては、そんなコミュ力など持ち合わせているわけがない。普段は部屋で過ごし、ご飯を食べる時は下に降り、たまに街をふらつく。まるでニートなのだ。


 「このままじゃいけないと思うんだ! だからこそこのままではいけないと思う!」


 「な~に言ってんだお前……」


 とはいえ、この生活でよかったこともある。若干ではあるが、マスターたちとの距離が縮まったような気がするのだ。こちらが心を開きつつあるというのも要因の一つだが。


 「魔王を倒すって言ったって、な~んも手掛かりないもんね。仕方ないんじゃないかな?」


 のんきなことを言いながらサンドイッチをほおばる。それもそうかと流されそうになるが、そうなってしまえば”前”と変わらない。


 「そうだ! ケイさん! 吟遊詩人として何か知っていることとかあったりしませんかね?」


 この場で一番頼りがいのある人に尋ねてみる。「そうですねぇ」と何かを思い出すような動作を取りながら


 「私も旅を始めたばかりで、あまり詳しいことは……」


 和也は少し残念そうな顔を見せる。が、「ですが」とケイは付け加え


 「この街の北に『レグレ』という街があるそうです。そこは魔法に長けたものが多くいるとか。なので教えを請おうと思ったんですけど、和也も行きます?」


 「レグレ……」


 マスターは何かを知っているようだった。話を振ってみると「いや、なんでもない」ともったいぶって話してくれなかった。

 とはいえ、魔法に長けている街。いかにも転生という感じがあってワクワクさせてくれる言葉だ。


 「行きます!!!!」


 これを断ってしまえば、もう他に行く当てなんてない。和也は決死の思いでその提案を受け入れることにした。



 朝食後、部屋に戻った和也は、鞘を身に着け旅の準備をする。「旅をするなら」とマスターが小さいポーチのようなものをくれたので、その紐を腰に巻き付ける。姿見から見た自身の姿はまさに旅人。テンションが上がってしまう。


 「和也さん、準備できました~?」


 「は、はーい!」


 ガチャッとドアを開け、そこではケイがとっくに準備を済ませ和也を待っていた。それじゃあ旅の始まりだ―――というところで、なにか駄々をこねているる声がする。


 「やだやだやだやだ! 私も行きたい~!!」


 「お前はダメだ! 店の仕事があるだろ……っ!」


 ヒナがマスターの足に縋りながら「私も行く」とうるさくしていた。こちらの存在に気が付くと


 「か、和也~! マスターが私も一緒に旅行きたいって言ってるのに許してくれないの~!!」


 も、もともとケイと二人で行く予定だったんだけどな……


 「……店番があるなら、それ優先じゃないかな?」


 「和也まで~!!」


 ……この子はダメだ。三人は満場一致で彼女を気にせず話を進める。


 「お前さんに渡したポーチ、中にはガルが入ってる。ざっと5000ガルくらいだったはずだ。そんだけありゃあ数日困ることはないだろう」


 「あ、ありがとうございます!」


 街をふらついていて分かったのは、大半の食べ物の値段が100ガル以下と、割と安価(?)であること。そういった状況でこれだけの大金をくれるのはさすがに優しいが過ぎた。昔鬼とか思ってごめんなさい。


 「……いつか返せよ?」


 「そもそも貸してなんて言ってないのに借りてることになってる!」


 前言撤回。やっぱり鬼だ。


 「がっはっは! 冗談冗談、俺からのプレゼントだ。大事に使えよ?」


 ヒナといいマスターといい、変なやりとりのせいで緊張がほぐれてしまった。そんなんでいいのか……って思ったけど、その方が”みんな”らしいな。なんて思ってしまった。


 「―――行ってきます!」


 「ああ、行ってらっしゃい」


 「帰ってきたらお話聞かせてね~~~!!!」


 その言葉を背中に、二人は酒場を後にする。


 次なる目的地は『レグレ』だ。

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