第6話 むかしむかし

 「……それでは」


 王様との謁見が終わり、兵士に城門まで連れられた和也は、その後一人で酒場へと向かう。


 どんな人生を歩んできたのか。自分の能力はどうなるのか。頑張らなかった自分が神に”適性がある”と認められた、というのは、いったい何に対しての適正なのだろうか。


 ―――そなたはどのような人生を歩んできたのだ?


 「そんなの、俺が一番知りたいよ……!」


 「あ、王様とお話終わったんだね! ……って、落ち込んでどうしたの!?」


 下を向きながら歩いていると、そこに顔をひょいと覗かせたのはヒナだった。和也の目が涙で滲んでいたのを心配に思ったらしい。


 「ヒナ……」


 「大丈夫!? 歩いてたら転んじゃった!? 王様にいじめられた!? 変な奴に絡まれた!?」


 「大丈夫、大丈夫だから……」


 いったい彼女に何が話せるというのか。自分の過去を話したところで、軽蔑されるに決まっているのだ。


 「大丈夫な顔してないじゃん! 本当に大丈夫な人は笑顔なんだから!!」


 とにかく、ヒナに過剰な心配をさせるわけにはいかない。作り笑いでもいいから、何とかして笑顔になろうとするものの、どうやっても笑えない。ひきつったものになってしまう。


 「は、はは……はははは」


 「か、和也~! 怖いよ~!」


 あまりの笑顔の怖さにヒナも叫んでしまった。だが、このくだらなさ、このマイペースさに少し救われたのか、気が楽になりつつある和也がいた。


 「ひとまず、今を生きるしかない、か……」


 「? 何の話?」


 「いや、こっちの話。ありがとな、ヒナ」


 「え、お礼!? 私何もしてないよ?」


 「いや、気にしないでくれ。早く戻ろう」


 すたすたと先へ進む和也。その背中は、もう心配しなくていいと言っているようだった。


 「ちょっと!? この世界は私の方が詳しいんだからね!?」


 慌てて後を追いかけるヒナ。

 日は落ち始めて、辺りはすっかりオレンジ色となっている。先ほどまでは賑やかだった人込みも落ち着きを見せて、姿を見せているのは兵士や商人が数人。自分がいるこの街は平和なんだということを思い知らされる。


 自分には何ができるのか、これから何がしたいかなんてまだ思いついてないけれど、今できるのは、ただ生きることだけだ。この世界を受け入れることだけなのだ。




 酒場に着くと、そこは多くの人であふれかえっていた。小汚い恰好で、肩にファーのようなものを身に着けているのはきっとこのあたりの戦士といったところだろうか。鎧で素顔を隠していたこの街の兵士も、兜を脱いですっかりこの酒場になじんでしまっている。仕事終わりに仲間と飲む文化はこちらでも変わらないようだ。


 店内ではマスターが一人忙しそうに対応をしている。こちらに気づいたのか、ヒナに対して店を手伝うように指示されている。残された和也だが、こういった空気はあまり得意ではない。


 「よお兄ちゃん! 見ない顔じゃねえか!」


 「あ、どうも……」


 「な~んか地味な野郎だなぁ……男ならもっと胸張って堂々とするもんだろ!!」


 「あーはい、そっすね……」


 うん、やはり苦手だ。

 その後も何度か絡まれるがすべて受け流し、二階へと上がる。昼頃に使っていた部屋に勝手に入り、ベッドで眠りにつく。これが転生して一日目の出来事なのだ。疲れるに決まっている。


 そういえばシグリアさんは何をしているのだろうか。門の前で別れて以来、街の中ではあっていないのだが……なんてことを考えているうちに……眠気が……




 「……きて」


 女性の声が聞こえる。夢だろうか?


 「ねえ……きて……」


 「待って……まだ寝かせて……」


 「待ってじゃな~い!!! 起きろ~~!!!」


 「どわぁぁぁ!!!???」


 無理やり掛け布団を引きはがされ目が覚める。そこにいたのはヒナとマスターだった。


 「あ、お、おはようございます……」


 「その様子じゃ、すっかり眠れたそうだな。まったく、飯も食わねえで上に上がりやがってよ」


 「そうだよ! せっかく昨日は美味しい料理いっぱいあったのにさ!」


 「いやぁ……あの空気はちょっと……」


 「がっはっは!! あいつらが苦手なのか! 大丈夫、いつか慣れるさ、別に悪いやつらってわけじゃねえしな」


 「そうそう! 私も仲良くしてるんだからね! ここにいるからには仲良くしてもらわらなきゃ! 『ごーに入ってはごーに従え』ってやつだね!」


 「善処します……」


 いけたら行くと変わらないような言葉で返し、転生して二日目を迎える。軽い談笑を済ませ一階へ降りると、そこではすでに料理が並べられていた。昨日のような客はいないのだが、布製の服に革靴、その脇には楽器のようなものを携えている人物がいる。

 マスターいわく、元々二階は宿として提供しているようで、そこには今回の吟遊詩人のように、この世界を旅している人物がやってくるという。吟遊詩人の詩というものがどんなものなのか気になるので、一つお願いしてみることにした。


 「わかりました。それでは、一番好評をいただいているあの話でも」


 「お、あれを歌ってくれるのか。何回聞いてもいい話だからなぁ……」


 マスターはすっかり目を瞑り、話を聞く体制に入っている。


 「わ~私聞くの初めてなんだ……! 楽しみだね! 和也!」


 「あ、あぁ……」


 ファンタジーの世界でしか知らなかった吟遊詩人、それが今、目の前にいるのだ。果たしてどのようなものなのか。

 和也は固唾を呑み、サンドイッチ片手に詩を聞く体制に入る……


 「それは遠い昔の話、ここではない別の世界。そこでは老夫婦が仲睦まじく暮らしていた」


 まずは背景設定から語るのだろうか。この話を何度も聞いているのであろうマスターは、この段階でうんうんと頷いている。まだ早いと思うのだが……


 「ある時、爺の者は山へ、婆の者は川へと向かった。各々の生業に励むために……」


 ……雲行きが怪しくなってきた。何せ、聞いたことがあるような気がしたのだ。

 いや、気のせいだろう。きっと気のせいだ……


 「婆の目的は衣類の清掃。しかし、そこに現れたのは、この世のものとは思えないほど大きな桃だったのだ―――」


 うん、これって……


 「「桃太郎じゃないか!!!!」」

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