第5話 王の言葉
「とうちゃーーーく! 気分はどうだい? 和也!」
「どうだい? じゃないよ……普通に気持ち悪い……」
とは言ったものの、先程とは違い吐き気のみで済んでいるところに人間の適応力の高さを思い知らされる。
「まぁまぁ、元気に行こうよ! それじゃあ私はこれで!」
ヒナはそのままどこかへと走り去ってしまった。何か大事な用事があったのかとも考えたが、彼女の雰囲気からしてただ散歩しているだけだろうと察する。
マスターから渡された紹介状があることを確認し、城門へと向かう。そこでは二人の兵士が門番のように立っていた。こちらに気が付くとすぐさま歩いて近づいて来る。
「ようこそ、何か身分を証明できるものはございますか?」
「えっと、これを……」
和也は紹介状を兵士に渡す。封筒にはマスターの名前が書かれていたようで、それに気が付くとすぐに通してくれた。
「酒場からの紹介でしたか、王がお待ちです。ご案内しましょう」
ギギギという音と主に城門が開き、赤いカーペットの上を進む。目の前には階段があり、それを上がっていくと目の前には大きな玉座が。そこには王様が毅然とした様子で座っていた。兵士は、サササと駆け足で王様に近寄ると、持っていた封筒を渡す。その後、和也の元へ再び戻ってくると
「あれが王です。失礼のないようによろしくお願いしますよ」
兵士は小声でそう話すと、和也を前に進むよう促す。階段の前に立ち、王の下へは近づかないらしい。
こんなに偉い人の前に行かなきゃいけないなんて日本でもない経験だ。どういった態度でいればいいのだろう。堂々と歩く? 卒業式みたいにキビキビ? 恐る恐る近づくとか―――
「いつまでそこにいる。早く来るがいい」
「は、はい!」
怒られてしまった。これ以上気分を害さないように若干の速足で移動する。それなりの距離感のところで立ち止まり、王様の口が開くのを待つ。この緊張感はいつ以来だろうか。
「ふむ、和也と申すか」
「は、はい……」
こ、怖い……
「……よく来た。私が王である『ドラルザ』だ。まずは此度の転生、まことにご苦労であった。これまで様々な転生者を見てきたが、その理由は一つではなかった。外部的要因によって命を失う者。自ら命を絶った者。死ぬことはなく、無意識のうちにこちらに来ていた者。様々な理由があったが、そなたがこの世界にやってきた理由は一つ。『魔王』を討伐してもらうためだ」
「魔王、ですか……」
「ああ、この地『イニティオ』のはるか上空――我らの目には到底見えない場所に位置する城にやつはいる。それを討伐してもらいたい」
「そんな急に言われても……なんで俺が選ばれたのか……」
「誰を勇者とみなし、魔王討伐を命じるか、それを決めるのは我ではない。我は天啓通り転生者に伝えているのみ。ただ分かるのは、そなたは神に”適性がある”と認められたまでよ」
「適正、ですか……」
「ああ、神に認められ、この地へ転生してきた転生者は恩寵として能力を与えられるという。どのようなものかはこの地で過ごすまでわからない。一つ知られているのは、前世で過ごしてきた人生をもとに与えられる力は決まる。この城で料理人を任せている者は、前世では『みつぼししぇふ』と呼ばれていたそうだ。さあ問おう、そなたはどのような人生を歩んできたのだ?」
「俺、は……」
和也の歩んできた人生。
特筆することなんて何もない。朝起きて、支度を済ませて大学へ行き、家に帰ると飯を食べてバイトへ向かう準備。バイトを終えて深夜、眠りにつき、朝起きて―――
―――前世で過ごしてきた人生をもとに与えられる力は決まる
22年間の人生、俺は何かを成しえただろうか。能力をもらうに値する何かがあっただろうか。努力をしてきただろうか。俺は、俺は、俺は―――――
「俺、俺は……」
「……まあいい。その口で語らずとも生き様が過去を教えてくれよう」
「そう、ですね……」
「話を戻そう。魔王を倒した者には、神がその力を認め『願いをかなえる力』を与えるという」
「願いをかなえる力……」
「ああ、万物の象徴である神の力の一部を与えられ、その力を手にした者はどのようなことも可能になるといわれておるが、真相は定かではない。なにせ、魔王を倒したという事例を聞いたことがないものでな」
「事例がないのに願いが叶うということは分かるんですね」
「先祖代々伝わる言い伝えだ。そのような話が合っても不思議ではないだろう」
様々な理由で転生され、その目的は魔王の討伐、魔王を倒すと願いが叶うということだが、一つ、和也は思うところがあった。
「あの」
「なんだ?」
「元の世界に帰ることってできないんでしょうか?」
「ああ、魔王を倒し、願いをかなえる力を手にすれば可能だろうな」
「じゃなくて、今すぐ帰ることってできないんでしょうか?」
「……どういうことだ?」
「俺、いや、わ、私は前世で死んではいません……多分。無意識のうちに気が付いたらここにいたんです。それなのにいきなり魔王を倒せって……能力なんかもよくわかんないし、叶えたい夢なんかもありません。前世で死んでないなら、何とかして戻ったりできないんですかね!?ほら!なんかいろいろ魔法なんか使ったりして……!」
「……無様だな」
「……え?」
和也の突拍子もない発言に苛立ちを覚えた王様は
「そなたのその姿が無様だと言ったのだ。いきなり何を言い出すのかと思えば……その幼稚な言動。実に無様だ。転生は前世での活動を終え、神によって新たな形としてこの世に形成されるもの。それは世の理を捻じ曲げる力であり、そなたのような転生も何ら不思議ではない。それを覆す魔法など存在するわけがない」
「……」
「転生者に対し伝えることはもうない。何かを成す力を得たいなら、魔王を倒せ」
和也の言動を一蹴するようにまくし立て、ここから退室するように命じる。それに反応した兵士が和也に近づき、入り口まで連行する。
和也はここから、この世界から逃げられない。それを確信した。
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