第37話 改変者

 「……と、まずはあの子を解放しなきゃね」


 クーブはそう言って、ローナを捕らえていた檻――氷を解除する。バリンと大きな音とともにそれは崩れ、細かな粒子となって少しずつ消えていった。身動きが取れるようになったことを確認した彼女は、すぐさま和也に向かって走り出す。


 「和也!!」


 「ろ、ローナ……」


 視界が無くとも、聞こえてくる音から状況を察するのは容易い事。岩の魔人ゴーレムとの戦闘で消耗しきった彼をどうにかできないかとローナは思案する。


 「心配しなくとも、彼の身体は無事だ。呼吸が多少荒れているようだが……激しい運動をした後と似たようなものだし、時間が解決してくれるよ」


 「お前……っ! 人を愚弄するような言い方しかできないのか?」


 「それは心外だね。君もエルフであるなら分かるはずだけど? 魔力による自然治癒がどれだけ優れているかを」


 魔力による自然治癒。

 人間の体内に流れる魔力。それは魔法を放つためだけの力ではなく、その身体を構成するために必要なものとされており、それがあるおかげで、この世界で肉体を保つことができている。自然治癒も魔力による効果であるらしく、「結びつく力」が身体にそのまま回復的作用を与えていると彼は話す。


 「岩の魔人は私が魔法によって生み出したもの。それを討伐したら元素とともに魔力も宙へ還ることになる。その時一番近くにいた彼が魔力を吸収するのはまぁ、当たり前だよね。そういうことだから、あまり心配しなくていいよ」


 「だからその言い方が……っ!」


 「ローナ、もういいよ。別に俺は気にしてないから」


 「だが……」


 「ここに来たのは喧嘩したいからですか? 違う。情報収集のため、ですよね」


 文句が無くなったわけではないが、和也とケイに制止されてまで口を開くことを彼女は望んでいなかった。出過ぎた真似を反省し、少し暗い表情を見せる。


 「じゃ、じゃあ、魔物も倒したことだし質問していいの……でしょうか……?」


 「そんなに敵意を向けないでよ。もう何もしないから」


 クーブは手を上げ、敵意がないことをアピールする。……胡散臭いといったらそれまでだが、これ以上この場に緊迫した空気が流れることはもうなかった。


 次第に呼吸も整い回復した和也は、聞きたかったことをクーブに尋ねる。


 「そういえば、俺が改変者オルタ―だとかどうとかって……」


 「ああそうだった。そのことについて説明しなきゃね。となると……」


 「ついてきて」 彼はそう言って巨樹の方向へと歩き出し、目指すはその奥。


 大きな木の背後に潜んでいたのはとある建物。家と呼ぶにはあまりにも豪華で、屋敷と呼ぶにはあまりにも質素な見た目。木目調の壁であるそれは誰の手も加えていないのか、ツルが絡みついていたり、屋根が苔むしていると思えば、周囲の木々が身を乗り出して屋根に被さるように生えていたり。


 ……ここにすべての情報が存在するとは考えにくいほどボロボr


 「うわ~……ボロボロだねぇ……」


 「何言ってんだヒナ!!! 失礼だろ!!!」


 「うわぁ!? いきなり大きい声出さないでよ和也!」


 世の中には思ってても言ってはいけないことがある。それをどう説明したものかと考えていると、クーブは笑いながら


 「はははは、気にしないでよ。みすぼらしい見た目なのは事実だからね。だけど、中に入ったらびっくりするんじゃないかな」


 彼はそう言って建物の扉に手をかける。


 少しずつその景色が明らかになっていき、完全にその扉が開かれたとき、和也は言葉を失ってしまった。


 そこに見えたのは広々とした吹き抜けの内装。真ん中にはカーペットが敷かれておりその先に二階へと続く階段がある。カーペットの左右には、身長の倍ほどある本棚がずらりと並んでおり、その棚一つ一つに本がびっしり詰まっている。

 二階へと続く階段の先は左右に分岐しており、その様子は下からでも見えてくるが、どれも似たようなものばかり。情報を詰め込むことに特化しており、それを読むための配慮などは何もなされていない。簡単なテーブルがあるわけでもなければ、椅子すらもなかった。


 「これは……」


 「どう? 驚いてくれたかな?」


 「全てというのは比喩じゃなかったのですね……」


 「うわぁ~! 本がいっぱいだ~!!」


 ヒナがワクワクした様子で階段の方へと向かう。そのままそれを駆け上がると右の方へ曲がり、手すりから身を乗り出して下へと顔を覗き込ませていた。


 「ちょ、落ちたら危ないよ!」


 「大丈夫大丈夫!」


 「そうだ、ちょうどいい。二階の38と書かれた列の奥から二番目の棚、その一番上の右から四番目の本を持ってきてもらえるかな」


 「わかりました~! さんじゅうはち……奥からにばんめ……っと……」


 忘れないように復唱しながら言われた棚の方へと向かう。1分後、目的の本が見つかったのか、「これですか~?」と手を高く上げて本を見せている彼女。それが正しいことが分かると、急いで階段を下りてこちらへと向かってくる。


 書かれている本の題名は「転生者」 ただそれだけの、デザイン性もないただシンプルな単色だった。


 「これには君たち転生者についての情報が載ってるんだが、今それ全てを説明するのはこちらとしても面倒くさい。だから……」


 淀みなく本をめくる様はまるで内容を暗記しているかのようだった。半分を過ぎたあたりでその動きが止まる。


 「あった。ここ」


 開いたままの本がこちらの手に渡される。そこに記載されている文字を読むと


 『転生者に与えられる力、能力スキルには様々な種類がある。自身の肉体を変貌させる、所謂身体強化が主となるが、他者に影響を与えるものも存在する。稀な存在として、他者ではなく自身以外のすべてに影響を与える、現実を書き換える者が存在した。その強大な力は、魔王に勝ち得る唯一の存在である。以下、私はそれを改変者オルタ―と呼ぶことにする』


 「……」


 「君が岩の魔人と戦っていた時、申し訳ないが私は完全に負けると思っていた」


 「……俺も死ぬと思いました」


 「ははは。――だからさ、あの場で言葉を呟くだけで形勢逆転できるなんておかしいと思ったんだよ。他にもそういった経験はないかい?」


 他の経験、か……


 一番最初にを実感したのはマスターたちと訓練をした時、ゴブリン戦だ。絶対負けてしまうと感じた時、能力を用いたことで大木が倒れ、絶体絶命の状況を脱することができたのだ。


 次は、その直後に戦った相手であるオークだろうか。能力によってオークの足元が泥濘ぬかるみ、そのまま倒すことができた。


 タイラント戦の時もそうだ。突風が吹いたおかげで魔物を倒すことができた。


 ……だが


 「たまになんですが、能力が使えない時があって……」


 「ふむ、というと?」


 「誰かを助けたい! ……と思ったときに能力を発しても何も起きないというか……」


 「なるほど」 クーブは少し考えると


 「能力の対象者が『自分自身』ということなんじゃないかな。自分の身に危険が降り注いだ時にのみ発動し、その効果は文字通り『降りかかる現象を』にするって」


 「先、送り……か……」


 「まぁ、改変者についてはあまり良く分かっていないが、その力が希少だということは確かだ。というわけでそろそろ君たちの知りたがっていた魔王についてでも……」


 ちょっと待っててといって彼は一階左奥の本棚へと進んでいく。そのスピードは速く、あっという間に目的の本を持ってきて帰ってきた。周りを見渡すだけでも数千冊はざっと存在するのに、どこに何があるのかを覚えているその記憶力に脱帽してしまった。


 「魔王に関することはこの本の中に――」





 ――その時だった。


 「―――っ!」


 「っ。誰だ!」


 クーブが何者かの気配を察する。姿は見えないが、近くにいるのは確かだ。


 「ここで無闇に魔法を使うわけには……ぐっ!!!」


 突然、クーブが白目をむいたように膝をつき、倒れる。

 誰もそこにいないはずなのに、誰かに攻撃されたかのように。


 一体誰が。それを意識した時に、それは現れた。



 それは黒いハイネックパーカーを身にまとい顔を隠している、見た目は少年だ。ストレートな黒髪がクールさを引き立てていた。


 その場に倒れたクーブを足で軽く蹴って動かないことを確認すると、その手元に落ちていた本を手に取り


 「……これ、貰ってくから」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る