第36話 岩の魔人

 「私の名前はクーブ。君たちは……転生者だろう? 一人を除いてね」


 カーキー色のローブを身にまとい、茶髪であるその男性。見るからに若いことは確かなのだが、その立ち振る舞いから何十年もの間ここで暮らしているかのような雰囲気を感じさせられた。


 転生者と見抜かれたことに対してヒナは驚き


 「な、なんでわかったの……!?」


 「そんなことはどうでもいいんだ。ここに来たからには何か知りたいことがある。……そうだろう?」


 まるでミステリアス。何かを隠しているかのような素振りに翻弄されそうになる。


 「えっと俺たち……じゃなくて、私たちは魔王に関する手がかりを……」


 「かしこまらなくていいよ。君たちの世界で言う……そう、『面接』じゃないんだからさ」


 「だけど」とクーブは続け


 「まずは君たちの力を確認させてもらおうか」


 男はパチンと指を鳴らすと、その足元に魔法陣が現れる。

 レグレでも見たその光景。しかし、今回は魔法陣を出すに留まらず、その周りに様々な色の何かを生み出す。


 「地水火風に光闇。それらを合わせることで『無』が生まれるのは知っているかい?」


 「……まさかっ!?」


 男が周囲に生み出したのはすべての元素。それらを組み合わせた時、生まれるのは魔物の核となる融合体。

 宙へ浮き上がり、融合したそれは白い輝きを放つ。それに肉体を付けるように魔法が放たれる。形成されるは岩の身体。手、脚、頭、身体を構成するすべてのパーツが分離された大きな岩となっている。頭の箇所には、それが顔であることを表すかのように目、鼻の部分が突出しており、それが不気味さを引き立たせる。


 「そうそう、そこのエルフには大人しくしててもらわないと」


 クーブはローナに狙いを定めると――


 「――氷牢・幽閉プリズン


 「なっ……!」


 一言発する暇も与えずに魔法が放たれる。彼女の周囲を取り囲むように氷が飛ばされると、それは壁と成りて四方の視界を阻み始める。


 「転生者の力を知りたいからさ、少しの間だけ我慢してもらうよ」


 「ゴォォォォォァ……」


 5メートルはあるであろうその岩石のそれは、低いうめき声を出しながらこちらを見据える。


 「こ、こんなの初めて見たよ……」


 「なんなんだこいつは……!」


 「そうだな……岩の魔人ゴーレムとでも名付けようか。別に君たちを殺そうってわけじゃない。力が知りたいだけだからね」


 「……そういう割には、この子から殺意が見え隠れしている気がしますけどね?」


 「別に私が操っているわけじゃない。だから最終的な意思は魔物にある。だけど、君たちがこんな魔物にやられてしまうようじゃ、魔王なんて到底倒せない。死ぬのも当たり前だと思わないかい?」


 「……それもそうですね」


 当たり前のことを聞いてしまったと、ケイは失笑する。

 

 和也は背中の鞘から剣を引き抜くと、それを岩の魔人に向け構える。魔王に関する情報を知るためには、こいつを倒す必要がある。――負けられない。


 「―――行くぞっ!」


 「先手必勝だよ! 神速ラピッド!」


 腰からナイフを取り出し、刹那の如く魔人に迫るはヒナ。しかしコアを狙うには低すぎる距離にある。それを彼女は


 「上昇気流ハイアー!」


 魔法を放つことで解決する。勢いよくジャンプしたかと思うと、その足元に対して風を生み出す。それは彼女を上に勢いよく飛ばす動力となり、その高さは岩の魔人の頭上をはるかに超える。


 「ヒナ……いつの間に魔法を覚えたんだ……!?」


 「私たちが旅をしていた間にもマスターとともに訓練を行っていたのでしょう。さすがです」


 「コアが頭にあることは分かってるんだからね!」


 「ゴォァァァ……!」


 「くらえぇーーー!!!」


 交差した腕が勢いよく振りほどかれる。爆発音に似た音とともに削れた岩が宙を舞い、思わず手で視界を覆ってしまう。彼女の攻撃は確かに魔人のコアに当たったはずだ。


 音が止んだことを確認して、少しずつ手をどかす。そこに見えたのは、攻撃される前と何も変わらない身体。彼女から見える後頭部も、うっすらとバツ印に掘られた傷跡が残っているだけであり、それが何にも影響を及ぼしていないことは容易にわかることだった。


 「ゴォォォォォ……」


 「ま、まるで効いてないね……」


 勢いに任せて攻撃を行ったせいで、その場に座り込んでしまうヒナ。そんな絶好の獲物を、魔人が逃すわけなかった。


 「ヒナ!!!!」


 二つの腕が合わさり、少しずつ上がっていくそれは、一つの巨岩として彼女の肉体を潰さんとするかのようで。彼女を救うために剣を鞘に納め和也は走り出した。


 「ケイさん! 私が合図したら思いっきりあいつを魔法で吹き飛ばしてください!」


 「分かりました! ヒナをよろしく頼みますよ!」


 走りながら和也は考えた。

 攻撃の威力を高めるために、魔人は腕を頭上まで高く上げる。そこに魔法をぶつけることで重心をずらし、よろけさせる。完全に倒れきる前にヒナを救い出し、無防備になったところを叩く。


 「あ、足が……動かな……っ」


 自身を覆う岩石を前にすくみ上っているヒナ。彼女の下まであと数メートルといったところだった。魔法を放つなら今だろう。


 「ケイさんっ!」


 「私だって風魔法の使い手だということを思い知らせましょうか……!」


 ケイは、手を拳銃の形にするのではなく、開いた両手を敵の頭上目掛けてかざす。てのひらに意識を向け、風元素をそこに集中させる。


 「風のエア……大砲キャノンッ!!」


 ドンッという大きな音とともに放たれた風は大きな塊となり、それはまるで大砲の玉のように勢いよく頭上目掛けて飛んでいく。

 反動で後ろに引きずられ、思わず膝をついてしまう。今のケイは完全に無防備。攻撃を受けようものなら避けることは不可能だろう。が、後は和也がどうにかしてくれる。彼は確信していた。


 大砲が魔人の頭上に触れると勢いよくはじけ、それが大きな風を引き起こす。強風にやられてよろけたタイミングで、和也はヒナを抱きかかえる。


 「きゃ……っ! 和也……」


 「そ、その反応はこっちまで恥ずかしくなるから……っ!」


 乙女な反応に少し弱い和也だが、今はそんなこと気にしている暇なんてない。全力で安全圏まで彼女を運び始める。


 時間の稼ぎようとしては十分すぎる程だった。敵から離れた場所で下ろすと、ヒナに休むよう指示した和也は、再び魔人と対峙する。


 「ゴォォォォ……ァァァアアアッ!!!」


 一度劣勢になったことで怒りの様子を見せる岩の魔人。負けじと和也も攻撃をするために走り出した。


 「でやぁぁぁぁ!!!」


 大きく振りかぶり、魔人の下に着いたのも束の間、先程とは全然違う素早さが彼を襲った。ちっぽけな人間を挟み込むように左右から岩が飛んでくる。


 「ごぉっ……ぁ……ッ!!」


 「和也っ!!!」


 岩石の表面の突出が突き刺さり、和也の体を圧迫する。空気が漏れるように声が出る。ここまでの痛みを味わったのは初めてであり、その痛みに視界がブラックアウトしそうになる。だめだ、もう―――


 「……終わりか」


 クーブが一人、つまらなさそうにため息をついた。




 


 「―――ぇ、んぃ……グ……!」


 岩の間から声が聞こえる。それはまるで言葉として形成されていない、曖昧な声。

 生きることを諦めない、自身を殺さんとする魔人に一矢報いるための声。


 身体は潰されていても、その両腕はまだ自由だった。うなだれていた顔を、必死に握りしめていた剣を、何とか上げながら再び岩の魔人を見据える。


 それは本能で動いていて、明確な意思はそこにはないのかもしれない。しかし、その根底に眠る思いはただ一つ。


 ―――岩の魔人を、倒す


 「―――先送りペンディング……!!!」


 ただ一言、自身の能力を発動するための言葉を呟くと、それと同時に剣が振り下ろされる。それは岩の魔人の頭部に当たった。ただコツンと当たった。


 ――それが、会心の一撃となった。


 「ゴォッ……!?」


 偶然、いや、能力によって岩石の割れやすい方向、石目に沿った攻撃となったそれは岩の魔人にとって致命的なものとなり、ミシミシと音を立てたかと思うと、勢いよく、はじけるようにそれは割れる。


 「その力……!?」


 割れた石は次第にキラキラと姿を消し、頭部が崩れたことによって体の構成も崩れ始める。胴体と腕、胴体と足。それぞれのパーツが意味をなさなくなり、ゴロゴロと地上に崩れ落ち始める。

 頭部に存在していた弱点、コアについても同様で、宙に浮くこと叶わずむき出しで地上に落下した。


 圧迫から解放され、それによって地面に叩きつけられる。しかし、そのような痛みは先ほどに比べればなんてことなかった。

 体内に酸素を取り込み、だんだんと視界が鮮明に、正常なものへと戻っていく。不思議と体力も回復しているのか、体の痛みは薄れていっていた。


 「はぁ……はぁ……岩の魔人……」


 一歩一歩、コアへと足を進める。そこに残っているのは岩の魔人であり、そこに生命活動は感じない。後はそこに突き刺すだけ。


 ―――とどめは呆気なく終わった。



 真っ二つに割れたコアは姿を宙へ還し、それに合わせるように周囲の岩もその形を失っていく。この勝負、三人の勝利だ。



 パチパチと、クーブが音を立てながらこちらへと近づいて来る。


 「辛勝、といったところかな? とりあえずはおめでとう」


 とりあえずはって、こっちは死にかけたんだぞ……?

 和也にはそんなことを言う気力もなかった。


 「それよりも……和也、といったかな? 君の力、驚いたよ。まさか改変者オルターだったとはね」

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