第35話 迷わず

 「どうなってんだよ……」


 目の前に見えるは昨日と違う道。歩けば歩くほど自身の位置を見失い、二度とここから帰ることが叶わない。そんな道。


 「とにかく進むしかないか」


 手がかりやヒントなんてものは存在しない。己の感だけを頼りに進む。まずは右へと歩みを進めることに。


 一本道の長さも昨日の比ではなかった。数分もたたないうちに次の迷宮がそこに現れた。正面、左右、後方の道すら先ほど通った道なのか。自分の向いている方角は何なのか。

 しかし、どれだけ進もうと待ち受ける未来は同じわけで―――



 「――また、入り口だ」


 一条の光とも思われたそれはまやかしで、再びのスタート地点。街へ向かわせることはおろか、この森に滞在することさえ許されんばかりの状況。


 「も、もうさすがに疲れたよ~……」


 入口へ戻ってきたやいなや、その場にばたりと倒れたのはヒナ。もうやだと愚痴をこぼしている。


 「肉体的な疲れもそうですが、なにより精神的な疲れが……同じ景色を見過ぎてノイローゼになりそうです」


 「のい……ともかく、一度引き返して情報を集めるなりしないと、さすがに私たちの体がもたないのではないか……?」


 「だけど……」


 ここまで来たというだけでも、転生者にとってはかなりの距離があった。それを引き返すとなると、それはそれで負担になる。情報が得られるとも限らない。言うなれば詰みの状態であった。


 なんとか自力で答えを導き出し、その先へ。いったいどうすればいいのか。


 「知りたくば、迷わず進め……」


 ここで和也は、昨日聞こえてきた謎の声を思い出していた。二度も聞こえてきたならば、流石に意味があるはずだと考えていたのだが……


 「……」


 迷わずというのが何を指しているのか。道に迷うなということであれば、分かれ道がある時点で無理があるだろう。


 さて、どうすればいいのか。入り口の前に佇んでいると、起き上がったヒナがむしゃくしゃした様子で


 「もーーーー!!!」


 ストレス解消の為か、何もない地面を蹴り上げる。もちろん宙に舞うのは生えている草や落ちている枝、土のみ。

 徐にその枝を追いかけ見ていると、入り口の方へそれは飛んでいく。まっすぐ飛んだため、左右に分かれた道のどちらに行くこともなく、その間へと進んでいった。


 ――進んでいった。いや、消えていった……?


進んだそれは、何事もなく奥まで行くものかと思われたが、何かがおかしい。左右の道の間に着いたや否や、その枝は何か時空の歪みのような揺れ動き方を見せてそのまま消えた。

 いや、目が疲れていたのかもしれない。一応確認のためと、和也もその辺の枝を森に向かって真っすぐと投げる。


 「うあーーーーー!! って、和也? 何してるの?」


 「ちょっと確認したいこと……がっ!」


 投げられた枝はアーチを描きながら飛んでいく。例の間にたどり着くと、やはり同じ挙動を見せた。和也の見た歪みは、決して偽物などではなかった。


 「やっぱりだ……何かある」


 「和也? いきなりどうしたんですか?」


 「もしかしたら、この森突破できるかもしれません」


 「ついてきてください」と、和也は先導して森へと進んでいく。現れる分かれ道、和也は左右のどちらに進むことなく、恐る恐る足を踏み入れる……


 「和也、一体何を……って――!?」 


 隠されていた第三の道。見せかけの道に惑わされるのではなく、最初からまっすぐ突き進めばいい。聞こえていた声は、それを意味していたのだった。


 「これは……」


 「ヒナが枝を吹っ飛ばしてくれたおかげで気づいたんです。挙動がおかしいなと思って確認したんですが、ビンゴです」


 「……ってことは、私のおかげってこと!?」


 「まぁ、うん……」


 「へへ~ん、私ったらすごいでしょ!」


 はいはいとあしらって先へと進むことに。



 出口らしき道へと近づくにつれ、雰囲気が変わっていくような気がした。虫一匹すらいなかった一本道に、羽根を蛍のように輝かせ、妖精のように飛んでいるものが。そのきらびやかさに見惚れて、歩くことを忘れてしまうほどだった。


 「ゲームでしかあんなの見たことないよ……」


 「ねー……めっちゃ可愛いよねー……」


 羽根をふわふわとなびかせるたびに、鱗粉のようなものを撒いている。そのまま奥へと飛んでいったことで、本来の目的を思い出した。早く向かわなければ。










 長き一本道の果て。終わりなき霧の終わり。遠目に見える、左右の木々から漏れる輝き。ここまでは昨日もみた景色だ。はたして、今見えているものが本当に目的の街へと続いているのか。疑心暗鬼になりながらも、その出口へと――――


 ――――先ほど見た妖精が、上空に多く飛んでいる。家のようなものは存在せず、真正面には何百年もそびえ立っていそうな巨樹が、遠めに見てもその幹周は3、40メートルを超えていそうだ。


 その巨樹をただ一人見つめている者が、こちらの気配に気づいたのか、ゆっくりとこちらへと振り返る。


 「旅人か、ずいぶん久しい」


 優しい笑顔。その男性は少しずつこちらへと近づいて来る。


 「この蝶、『ミスリー』というんだ。その鱗粉は、一匹だけではただかわいらしいものだが、何十、何百と重なり合うと、人を惑わせる霧へと変貌する。正確には、人の思考に眠る消極的感情を増幅させ、それを視界に投影する」


 上空に手をかざすと、ミスリーが一匹、人差し指の上に止まり、ぱたぱたと羽根をなびかせる。


 「分かれ道に見えたようなものも、すべては人間たちの妄想でしかない。それに気付かず引き返した旅人によって『惑わせの森』と呼ばれるようになった。しかし、それをあなた達は無事抜けることができた」


 その男性は、四人を優しく迎え入れる。


 「ようこそ、リブラリアへ」

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