第34話 惑わせの夜

 「……まただ」


 森に入り、まっすぐな道を進み、そして入口へ戻ってくる。それを繰り返してもう何回目だろうか。次第に森に差し込む光も薄くなり、夜が近づいているということを表していた。

 どこか見落とした道があったのではないかと注意深く見たりもしたが、そのような気配もなかった。闇雲に歩いていても体力を消耗するだけ、四人は入り口の前で休息をとることにした。


 「も~~~~分かんない!! この森どうなってるんだろうね!?」


 「ヒナは元気だなぁ……」


 ヒナがプンプンと怒っている様子を見て、和也は苦笑してしまう。ケイとローナは近くの草を見て、食べられそうなものがないかということを調べてもらっている。今は多少の食料があったとしても、この探索が何日も続くと思うと食料が尽きるのは時間の問題。そうならないために色々と採集してもらっている、というわけだ。


 「もし騒いで魔物でも来たらどうすんだよ?」


 「その時は私がやっつけ……って」


 「なんか動いてない?」 彼女がそう指差すは茂みの中。人であろうそれは、暗い服を着ているのは分かるが、はっきりとその姿を認識するには明るさが足りなかった。

 こちらの反応に気づいたのか。その姿はガサゴソと音を立てながら茂みの奥へと消えていった。


 「まままま、魔物!? どうしよう……!!?」


 ……やっつけるんじゃなかったのだろうか。


 「落ち着いてヒナ。慌てて変な行動を起こしたら襲われるかもしれないだろ?」


 「そそそそれもそうだね! えっと……こういう時は深呼吸!? すー……はー……すー……はー……」


 ゴブリンを倒したときは頼もしいと思っていた姿も、今は一変して年相応の反応を見せる。あまり変な気を起こして全滅の未来……なんてのは避けたいのでなんとかなだめることに。




 しばらくしてケイとローナが帰ってくる。人数分の食べられるであろうものを用意している二人は、飯にしようと火を起こす準備をする。留守番していた二人も準備を手伝い、何とか一日を乗り切る準備ができた。


 食事の最中、和也は先ほどの不審な影を口にする。


 「茂みに人が……不思議ですね。魔物ってわけでもないんでしょう?」


 「多分。俺たちが茂みを見たときに逃げるようにいなくなったから、なにかあるのかなって思ったんですが……身に覚えはないですね」


 森へ来る途中で誰かに会った記憶もなければ、そもそも森へ行く前、コングレッセオにて誰かとトラブルになった記憶もない。考えられるものとしては、盗賊がこちらを襲おうと企てていた。そんなところだろう。


 「私たちと同じようにリブラリアに行くことが目的だった、というのは考えられないだろうか? 単に私たちが邪魔だった、ということならすごく申し訳ないのだが……」


 「だとしても逃げるなんてことはないでしょう。……まあ、その話を続けても無駄ですし、今はどう森を抜けるかだけ考えましょう」


 全員一緒に寝るというわけにはいかないので、常に最低一人は起きて見張りをする者を用意し仮眠をとることにした。先程の事もあるので和也は先に休んだ方がいい、という提案を受け、一番最初に休むことに。


 というものの、簡単に寝れるわけもなく、横向きになりながら目を瞑って、少しでも体力を回復させようと意識をする。

 いや、こういうのは寝よう寝ようと意識したら余計目が冴えてしまう。何も考えたらいけない。無意識、無意識……


 …………


 ……


 「―――知りたくば、迷わず進め」


 この、声は……


 「―――惑わされるな。心の迷いを捨てろ」


 また、同じ声……?


 「―――どうか健やかで、和也」


 「―――――っ!?」


 勢いよく飛び上がるように目を覚ます。荒く、浅い呼吸。先程まで悪夢を見ていたと言わんばかりの反応。起きて見張りをしていたローナが心配そうにこちらへ寄ってくる。


 「和也、いきなりどうしたんだ!?」


 「はぁ……はぁ……」


 何も答えられない彼に対し、彼女は何も言うことなく、ただ優しく背中をさすってくれていた。


 しばらくその状態が続き、ようやく落ち着いてきたところで和也は


 「ごめん、ローナ……」


 「気にするな。……何があったんだ?」


 「……声が聞こえたんだ。森に入った時と同じ声が。男の声で、聞いたことがあって」


 ――俺の名前を呼んでいた。


 なぜ、和也の名前を知っていたのかは分からない。ただ、その言葉は冷たさの中に和也を思う気持ちもどこか感じる。そんな暖かさがあった。


 「知り合い、なのか?」


 「分かんない。けど……そうなんだと思う」


 「じゃないと俺の名前が分かるわけない」和也はそう話した。


 ――もしかしたら家族……? 


 なんて考えも浮かんだが、そんなわけないだろう。この話はもうやめることにした。


 現在の時刻は何時だろうか。昼間は暖かかったその環境も、いつの間にか肌寒い風が姿を現していた。唯一の暖である火を消さないように、少しずつ枯れ枝を足していく。


 一度目が覚めてしまうと、そう簡単には寝付けない。彼女と見張りを交代することにした。彼女は大木に寄りかかるように、そのまま体育座りの姿勢で目を瞑っていた。よくそのような体制で寝れるものだ、と和也は少し微笑んだ。






 その後も見張りの交代は続き、次に和也が目を覚ましたのは朝の事だった。顔に当たる眩しさで、夜が明けたんだということを実感する。ぐーっと体を伸ばし、リラックスをした。


 「ふわぁ~……ぁ、おはよ~和也」


 大きく欠伸をして眠そうなヒナ。和也自身珍しく早く起きたということもあり、彼女の寝起き姿を見ることができた。勝手な偏見で、寝起きも元気いっぱい! ってのを想像していたから少しびっくりしてしまった。


 「……? どうかした?」


 「いや、なんか意外だなって」


 「ちょっと、それどういう意味??」


 頬を膨らまして起こった様子を見せる彼女を何とかかわし、朝食の準備をする。ちょっと~! とかなんか声が聞こえた気がするけど……知らない。




 今日こそ惑わせの森を抜ける。それを目標に再び入り口の前へ。しかし、そこから見える景色にどこか違和感がある。


 「あれ……? 昨日は一本道だったはずじゃ……?」


 「ですね。だけど……」


 霧の効果が無くなったのか。はたまたまだ狂ってしまっているのか。自分の見えている景色が本当に正しいのか分からなくなりそうな現実。


 今見えている景色は昨日とは違う、左右に分かれた道が四人を待ち受けていた。

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