第39話 渡りに船

 「うーん……」


 リブラリアを後にして数日が立った。その間はひたすら歩いていた。クーブに指示された場所に向かうためだ。

 道なりに続いて草原を歩いていると、やがて一つの行き止まりにたどり着いた。行き止まりと言っても、そこに大きな壁が立ちはだかっていて……だとか、そういうのではない。


 「どうしよう、俺たち……」



 ……海を渡る手段が無かったのだった。


 彼に言われるがまま孤島らしき場所を目指し進んでいたが、そこへ向かう手段がないことに今更気づいてしまったのだ。もしかしたらそこへと続く橋があったり――なんてことも考えたが、当たり前のように存在するわけがなかった。


 どこかから船を借りる? そんな当てなんて全くない。とはいえ「行く手段がないから戻ってきました」なんてのこのこ引き返すわけにもいかないだろう。


 「王様に相談する……のも考えましたが、そんな時間ありませんよね」


 「ですよねぇ……」


 「わ、私がこの海を凍らせてその上を歩くというのは……!」


 「何キロあると思ってるの? ローナにそこまで負担させるわけにはいかないよ」


 視界を遮るものが無いから海の先までよく見える。所謂水平線というものだろう。

 水平線のまでの見える距離はざっと4キロメートル程度、というのをどこかで聞いたことがある。今自分たちが立っている地面の高さを考慮しても、せいぜい5キロといったところだろう。線上にうっすらと建物らしきものが見えているわけでもない。その間、延々と魔法を使わせるのは酷だと、魔法を使わない和也でも感じてしまったのだ。


 「和也……」


 「うー、このままだと本取られたままだよ~!」


 それもそうだ。しかし何か思いつくわけでもない。いったいどうしたものか、四人はそこに立ち尽くすしかなかった。



 「あの~……」


 そこへ、とある女性の声が聞こえてくる。


 「ん、ローナ、どうかした?」


 「私は何も言ってないぞ?」


 「あれ、今女の人の声がした気がしたんだけど……ってことはヒナ?」


 「私も違うよ! いきなり怖いこと言わないでよ!?」


 「う、後ろです……」


 ローナでもヒナでもない女性の声。弱弱しく発せられる声の正体は後ろに存在した。


 和也たちが振り向くと、そこにいたのは黒髪の女性だった。ストレートな長髪が彼女の綺麗さをよく表しているが、その風貌から感じられるのはそれだけではなかった。


 良く言えば奥ゆかしさがあるような、悪く言えば自身がなさそうな。彼女が目立って何かをしているのが想像できないかのような。どこか地味な雰囲気も感じ取られた。


 「ご、ごめんなさい……気づかなくて……」


 「いえ、大丈夫です。私、地味ですから……」


 やばい、地雷踏んだかもしれない。


 「……」


 「……」


 き、気まずい……


 「……そういえば、何か用があるようだったけど……?」


 「そ、そうでした!」


 こほんと彼女は呼吸を整え、改めてこちらへ話しかける。


 「皆さん、この海を渡りたいんですか?」


 「な、なぜそれを?」


 「なにか困っている感じがしたので……もし良かったら私たちと一緒に行きますか?」


 「良かったらでいいんですけど……」 彼女は呟くように言った。


 「一緒にと言っても、あなたはこの海を渡る手段があるのですか?」


 「そ、それは安心してください!」


 彼女に促されるようにその後をついて行く。道なりから外れた海のへりを歩いていると、うっすらと大きな影が見えてくる。彼女の目的はそこにあるという。


 「じゃ、じゃじゃーん……! ……船です」


 やっておいて恥ずかしくなったのか、段々と声が小さくなるのがかわいらしい。


 そんなことは置いておいて、彼女の手の先は海へと続いている。そこを見ると、先程の陰の正体が明らかになった。


 全長30メートルほどの木造船。大きく張られた帆。まさにファンタジーな船、初めて見たそれに内心すごくワクワクしていた。


 「す、すっげ~……!!」


 「で、ですよね……! すごいですよね!」


 初めて会った女性と、その感動を共有している謎の空間。ケイもおおっと息を呑んでいたが、ヒナもその空間にしれっと混じっていた。


 「すっご~いっ! 私船なんて初めて見たよ~!!」


 「実はこの船、私のなんですよっ。……というより、私たちの、ですが……」


 「私たち、ですか?」


 「は、はい。実はこの先に街があって、そこで私は暮らしてるんです。そこへ行く手段として、こうして船が用意されているというわけです」


 「この先に、街が……」


 クーブが向かうべきだろうと予想した孤島。そこにはどうやら街があったらしい。いろんな人が行き来しているというのも、この船によるものだったのだろう。となると、彼女の提案、乗るほかないと思うのだが、果たして他の三人は……


 「みんな! これ乗りたい!」


 「ええ、私もこれが最善だと感じました」


 「そこの綺麗な白髪の方は……?」


 「き、綺麗……私も構わないぞ」


 一人褒められてそれどころじゃない人もいるが、どうやら方向性は一致したようだ。


 「そ、それじゃあ、ご迷惑じゃなければ……」


 「ふふ、ご迷惑だなんて。困ったときはお互い様、ですよ」


 な、なんて良い人なんだ……!


 四人は彼女の言葉に甘え、船で街へ向かうこととなった。


 「どうしよ~って思ったときにこうやって助けてくれる人が現れるなんて……! 『渡りに船』ってやつだね!」


 「ふふ、文字通り本当に船ですね」


 「船内では既に航海士が待ってます。待たせちゃいけないので早く行きましょう」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る