第11話 彼女の励まし
「くそっ!!! 動け!! 動けよっ!!!!」
力いっぱいに手で地面を押す。何とかして立ち上がらなければならないのに。このことを伝えに行かなければならないのに。脳と体が乖離して、それは和也の思いを聞き入れることなく反抗している。
「なんで……っ! なんで動かないんだよ……っ!!!」
なぜ動かないのかなんてことは自分が一番理解している。それを理解したくなかっただけだ。
―――恐怖。和也は初めて恐怖を体験したのだ。もちろん転生前の日本、幼少期においても怖いことは体験している。お母さんに怒られた、ホラー映画を見た、夜一人でトイレに行った。そういった類のものではない――本能が理解を拒む、すべての恐怖を凌駕する恐怖がそこにはあったのだ。
やらないといけないということはわかっているのに、どうするべきかもわかっているのに。死のリスクを伴った行動を前に、和也の本能が立ち向かえるわけがなかったのだ。
「あぁ、そっか。俺、怖いんだ……」
すべての理解を受け入れ、納得した時、その手は力を失った。
それは、街へと侵攻する魔物たちをただ眺めているだけの人形。
「―――――ッ!!!」
いざ行かんと言わんばかりの咆哮。それに呼応するようにこん棒を掲げ、雄叫びを上げる。
―――それに反応してしまったのが運の尽きだった。魔物――オークの雄叫びに体が反応してしまい、同時にカサッという音がする。それに気づいた一匹、いや、二匹のゴブリンがこちらに近づいて来る。
絶好の獲物。それを確信したそれはこちらに襲い掛かってきて―――
「ぁ……ぁぁ……っ!!」
人形から漏れるのはかすかな助けを求める声。普通であればだれにも届かないであろう声。
しかし、神はそれを見捨てなかった。
ザクッっという刃物の音がする。切れ味が良いそれは魔物を一撃で真っ二つにし、世界へと還らせる。
「大丈夫だった?」と尋ねるその声は、和也のよく知っている少女だった。
「ひ……ナ……?」
「何してるのこんなところで!? マスターが心配してたんだよ!?」
「あ、いや……そんなことより、大変なことが!」
彼女の登場により何とか正気を取り戻した和也は、ゴブリンたちの群れが街の咆哮に進行していることを伝える。このままでは街が危ないのではないのではないか、だから手分けして倒そ……うとまでは言えなかったが。
「なるほど、だから普段よりゴブリンが多いわけだ……とにかくみんなと集まらなきゃ危ないよ! ほら、私の手に!」
はいと差し出すその手を和也は掴む。彼女はそれをしっかり握り返し、スキルを使う準備をする。
数が多くなり始めたのはマスターもケイも気が付いていたようだった。お互い背中を託したような陣形で次々と魔物を薙ぎ払う。
「マスタ~!! 和也見つけてきたよ~~!!」
「ヒナ! よくやった!! ……っと、おらぁ!!!」
近づいて来る魔物に油断することなく会心の一撃を与え、安全に和也たちを迎え入れる。ケイも周りを一掃しており、とりあえず和也たち周辺の安全は確保されたのだった。
「ったく、いきなり走っていなくなるもんだから心配したんだぞ?」
「すいません……」
暗い顔を見せる和也だが、マスターはそんな様子などまったく気にしていないようだった。
「お前さんが何考えてんのかは今は深く詮索しないでおく。今大事なのはこの軍勢を止めることだけだ」
「確か……定期的にゴブリンたちは人間の食べ物を求めて街などを襲うと聞いたことがあります……今がその時なのでしょうか?」
「かもしれねえな。一番奥に見えるオークがリーダーだろうから、それを潰せばとりあえず他のやつらは逃げるだろうよ。俺とケイでリーダーを叩きに行く。二人はゴブリンたちが街に入らないように守っててくれ」
「分かった! 二人とも気を付けてね!!」
そう言って二人は敵陣の奥へと進んでいく。残った二人は、何とか魔物を街に入れないようにと武器を構える。しかし、その構えに迷いが見られるものが一人。
「――――ッ!」
「やああああぁ!!!」
一体、また一体と彼女が短剣を振るう。スキルによって攻撃をかわし続け、頼りにならない男とは対照的に次々と魔物を一掃していく。
男は、それをただ見ているだけであった。
自分は戦うべきなのだろうか?戦力として数えられるような力を持っているのだろうか?考えれば考えるほど怖くなる。剣を持つ手がだんだんと震え始め、視界もだんだんと―――
「和也!!! シャキッとして!!」
「っ!!?」
戦闘の
「和也が何考えてるかなんてわかんない。けどここは戦場だよ! 余計なこと考えてたらすぐに死んじゃうんだから!」
「でも……俺どうやって戦えば……」
やらなければいけないということは自分だってよく分かっている。しかし、役に立たないかもしれないという思いが彼の行動を阻む。
「やるしかないの! 確かに無事も初めて触ったし、戦うのも初めてかもしれない。だけど私たちは信じられてる! ここを守ってくれって頼まれてる!」
「―――っ」
人に、信じられている。
―――何もできなかった男が、諦められた男が、見捨てられた男が。
「信、じ……る……」
「うん、じゃなきゃここを任せて奥にまでなんか行かないよ!」
「でもそれはヒナの強さを信じてじゃ……」
昨日武器を触ったばかりである自分がまともな戦力として数えられてないということは、和也自身がよく分かっていた。先程のマスターの言葉も、ヒナだけを信じた言葉で……
「も~! マスターは『二人はゴブリンたちが街に入らないように守っててくれ』って言ったんだよ? 和也も含まれてるに決まってるじゃん!」
こんなに弱いのに。俺のことなんてわからないのに。なんで、なんで、なんで
「……一つ聞いていいか?」
「何? 長い質問はダメだよ!」
「会ったばかりで対して知りもしないような奴に、どうしてそこまで出来るんだ……?」
「うーん……なんでだろうね?」
ヒナはしばらく考えた素振りを見せたのち
「それが人と関わることだからかな?」
「……」
人と、関わること。
「また今度話してあげるよ。今はそれでいい?」
「はは、なんだよそれ」なんて笑い交じりに反応して見せる。
しかし、そのくだらないやり取りが激励となり、和也の背中を押した。
「……ありがとうヒナ。俺、やれるかな」
「やれるよ! だって私が付いてるんだもん!」
「何その胡散臭い言葉……」
ヒナの冗談が、さらに固まっていた和也の体を解かし、戦闘へと意識を向けさせる。
確かに俺は弱い。剣もまともに扱えなければ、スキルも持ってない。だけど―――仲間がいる。俺を信じてくれる仲間がいる。
和也は構えた剣を強く握りしめる。それは、覚悟の証。
「――――いくぞっ!!」
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