第10話 無能力者の危惧
「うぅ、ぅ……」
ふかふかとした何かに包まれている感覚、自分は寝ているのだろうか。
うっすらと目を開けると、とある女性が心配そうに自分を覗き込んでいる。
―――いや、とある女性じゃない。和也はこの場所も人物も知っている。
「ヒナ……?」
「っ! よかった~! 目覚ましたんだね!」
ヒナは和也と目が合ったのを確認すると、嬉しそうに胸をなでおろす。
たかが訓練。そこまで心配することでもないのだが……どうやら、その訓練で倒れてしまったらしい。心配されるのも無理はない。
ベッドから起き上がり、ヒナとともに1階へと向かう。そこではケイが軽く演奏を、マスターが料理を並べていた。おにぎりのようなものに卵料理のようなもの。夜にしては軽すぎる食事……朝ごはんだろうか?
「よお、起きたか。ったく、倒れたと思ったら夜飯も食わずに今の今まで寝てたってわけか」
「いやぁ……お騒がせしました」
恥ずかしがりながらあははとごまかしの笑い。座って待ってろとのことだったので、ケイの近くに座り、料理が並ぶのを待つ。
「聞きましたよ和也さん。昨日ゴブリンを倒せたとかなんとか」
「一匹倒せただけだし、そんな褒められるようなことじゃ……」
顔の前で手を振り、いやいやと謙遜する和也。その倒したという事実が凄いのだとケイは続ける。
「初めてなんてそんなもんです。私なんて、自分のスキルに気づくまでは魔物の一匹すら倒せなかったんですから」
そうだ、スキル。ここで王様の言っていた言葉を思い出す。
―――神に認められ、この地へ転生してきた転生者は恩寵として能力を与えられる
昨日の訓練中には意識していなかったが、ゴブリンとの戦いにおいて和也のスキルは姿を現さなかったのだ。これはつまり
「やっぱり……」
「えっと……どうかしました?」
「あ、なんでもないです!」
心配そうにこちらを見つめるケイ。気まずい空気となり思わず目をそらしてしまう。
「ほいっと……お前ら、食うぞ」
二人の間に沈黙が流れる中、料理を並べ終えたマスターが席に着く。いただきますと朝食を食べ始める。話題に上がるのはやはり昨日の出来事だった。
「そういやお前さん、自分のスキルは分かったのか?」
つい先ほどまで話していた話題。思わずむせてしまう。
「けほっけほ……っ!」
「おいおい、大丈夫かよ……?」
「ははは……さっきまでちょうどその話をしてたもんで……」
「そうかそうか。んで、どうなんだよ。使えそうなのか?」
「それは……」
言っていいのだろうか?馬鹿にされないだろうか?軽蔑されないだろうか?和也の脳裏に浮かぶのは負の未来だけだった。
「えっと……」
「ん? どうした?」
先ほどと同じように心配されてしまった。逃げ場はないということなのだろう。
「俺、能力が無いかもしれなくて……」
終わった終わった終わった終わった。自分から自分が弱いということを晒してしまったのだ。これは馬鹿にされるに決まって―――
「そんなことはねぇと思うぞ」
―――え?
「能力が無い人なんて存在しない。皆何かしらの力は持っているもんだ」
「そうだよ!戦いに関するスキルじゃないのかもしれないしそんな落ち込むことでもないって!」
ヒナが和也の背中をバンバンと叩く。痛い。
「なるほど……そういうことでしたか」
ケイは何かに気が付いたようで一人で納得している。そして和也に対し
「ヒナさんの言う通り、スキルの詳細は人それぞれです。もしかしたら日常生活で役立つものかもしれませんしね。ただ、無い、ということは絶対あり得ないと思ってください」
「まぁ、スキルなんてなくても、剣を極めればいいだけの話だしな! がっはっは!」
昨日の光景を見てそれを言うのか。やはりマスターは鬼だ。
「ただ、覚えておいてください。王様の言った通り、転生者は能力を与えられると言えど、初めからスキルを使える人はいません。今の和也さんのようにね。ただ、時が来たら頭に降りてきます―――『言葉』が」
「言葉、が……ですか」
「はい、それを口にすることで、初めて自身のスキルがわかります」
「なるほど! 『ざしてまつ』ってやつだね!」
「これから訓練ですよ。『座して待つ』ならここでお留守番ですよ?」
そんなつもりはなかったと慌てるヒナ。それを見てみんなが笑う。
ごちそうさまと朝食が終わり、外へ出る準備をする。剣を背中に装備して準備は万端。
昨日の反省点は自身の覚悟が足りなかったこと。魔物を殺める覚悟が。これからこの世界で生きるということを肝に銘じておきながら、今回の訓練は頑張ることにしよう。
後は、スキルとやらが使えるようになればいいのだが……
「でやぁっ!!!!」
鉄の剣が心臓を貫く。かすかに聞こえるうめき声とともにその魔物は倒れ、宙へと消えていった。
今回はマスターが戦闘の仕方を見てくれるということで、昨日よりも訓練らしいというか、ようやく訓練が始まったという感じだ。
「お前、突く攻撃ばっかじゃねぇか! 剣の持ち味を生かしてほらもっとよ……斬ったりとかできねぇのか?」
「これって振るときに割と力がいるんですよ……っ! 俺みたいな非力には無理です……っ!」
雑談しながらでも戦うことは怠ってはならない。敵が弱いとはいえここは戦場だ。
しかし目の前の敵に気を取られ、背後から近寄るもう一体の姿に気が付いていなかった。
「和也!! 後ろだ!!」
「後ろって……うわぁ!!?」
後ろを振り向くとゴブリンがこん棒を振り下ろす寸前。咄嗟に右に避けるが、体勢を崩して倒れてしまう。見かねたマスターがそのゴブリンを倒すことで何とかこの窮地を脱した。ゴブリンの持っているこん棒をそのまま大きくしたような武器の攻撃はなかなかに豪快だった。
「……敵は常に単体とは限らない。常に周りに気を配って戦え」
「はい……助かりました」
怒っている、というわけではないのは和也にも分かっていた。心配してくれているのだ。
もう一度立ち上がり剣を構える。今度はもっと周りを見ながら……っ!
「どやぁぁぁっ!!!」
「剣の位置が低い! 横に振りたいならもっと高い位置で振らないと急所には当たんないぞ!」
斬る攻撃も頑張ってみようと、和也は剣を横に振る。……が、あまりにも筋肉がなさすぎるのだ。どう頑張っても下に弧を描くその攻撃は、まったくもってゴブリンへの決定打とならなかった。
「帰ったら武器を見直してみるとしようか。武器にも得手不得手があるからな」
「……すいません」
勝手な思い込みだということはわかっているのだ。だが、マスターから見捨てられたように感じてしまった。それに耐えられなくなった和也は思わずその場から走って逃げてしまう。背後からは名前を呼ぶ声が聞こえるが、それに応えてはいけないような気がして。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
どれくらい走っただろうか。元々体力は少ないのだ。せいぜい2,300メートルといったところだろう。それでもここは木が生い茂っている。少しの間姿を消すにはちょうどいい距離だった。
「思わず逃げちゃったけど、何してんだろ。俺……」
木に寄りかかり、一息つく。
武器はまともに扱えない。降りてくるとやらの言葉もなかなか聞こえてこない。これだけ、これだけ頑張ったのに。
……いや、頑張るだけ無駄なんだって。それは和也自身がよく分かっていたはずなのに。
「柄にもなく頑張ったんだけどな……ははは……」
目の前の視界が滲んでいく。疲労、呆れ、絶望。乾いた笑い。
揺れる風景をぼーっと眺める。目の前を進むゴブリンは、和也に目もくれずただまっすぐに進んでいる。
「ゴブリンにすら相手されないとか……ははは……」
そうやって前を進む数はどんどん増えていく。
一体、二体、三体……十体。たまに大きいのもいるが、これはオークだったっけ……?
ゴブリンとオークの群れが進む先はどこだろう……あれはコングレッセオか……
コングレッセオ……
「……っ!? 街!!?!?」
事の重大さを理解するには少々遅すぎた。魔物の群れはどんどん増えていき、視界に見える限りでは、ざっと百はくだらないだろう。それはまっすぐ進み、街を襲わんとしている。
「これってやばいんじゃ……!」
早く伝えに行かなければ。
行かなければ。
行かなきゃいけないのに。
どうして。
どうして……
「どうして動かないんだよ……っ!」
和也の足はその場から動くことがなかった。
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